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アグリジェント戦記  作者: 黒いたぬき
帝国改革編
115/173

月日は流れて

「……おいおい見ろよあれ。あの女正気か?」

「生きているのか? まさか死んでいるとか?」


 山岳地帯を挟んだ帝国西部の国ローランド。その国では多くの傭兵が活動しており、今まさに一組の傭兵たちが仕事を終えて街へ戻るための帰路へと着いていた。だが彼らはその途中で信じられない光景を目にしたのだった。


 騎士が豊富でさらに戦争という脅威に長年晒されていなかったザールラント帝国とは違い、多くの国では魔獣討伐が組織だって行われてはいない。そのため主要な街道であっても魔獣が頻繁に出没するため、商人は傭兵を雇って護衛してもらい、傭兵たちもなるべく単独行動を避けるのが常識となっていた。


「ほっ。一応は生きているみたいだな」

「そうだな。だがこの辺りでは見ない女だな。見た感じ傭兵らしいが……」


 街道から少しだけ外れて荷物を枕にして眠っている傭兵。長いブロンドの髪と綺麗で美しい顔。そして何よりもその体を見れば一目で女性だということが分かった。


「……見たところ十八歳から二十歳といったところか? 全く何考えてるんだか」


 魔獣が跋扈する街道で単独で眠る人間は二種類しか存在しない。常識の無い新人か魔獣など簡単に殺してしまう強者かのどちらかである。


「……装備は軽装だがどれもしっかりと手入れされている。剣も……見慣れない代物だな。どうやら実力はあるようだな」


 使い込まれた防具や特殊な剣を見てそう判断した傭兵の一人は、大きくため息を吐き出すと街へ帰還する事を諦め、傭兵の近くに陣取って夜営の準備を始めたのだった。




 ザールラント帝国とレアーヌ王国の戦争が終結してから二年が経過した。世界は未だに動乱が続いていたが、その二年の間に大規模な対外戦争は一度も起こらなかった。講和によって戦力を失わずに済んだ敗戦国レアーヌは、かつての様な武力侵攻を止めて本国の守りを固めており、戦勝国ザールラントは復興と改革を進めていた。両国は不可侵を決め、互いの国に大使館を設置して前回の様な誤解による戦争再発を防ぐことに力を入れた。だがこの決定に不満を漏らす者たちもいた。特に勝者である帝国側の不満は大きく、反皇帝派の派閥が結成される事態にまで至ったのである。

 そして終戦から半年後、エイミー騎士団長が軍の改革案を提示したことによりその不満は爆発したのである。内容は平民で組織されていた帝国軍の解体と領主軍の削減である。実際に王国との戦争で帝国軍も領主軍も役に立ったとは言えず、その部分を削減して騎士団の増強に当てようという彼女の考えは間違ったものでは無かった。しかし領主側から見ればそれは権力の一部を取り上げられることに他ならない。


『領主の権限を取り上げるこの改革案に賛同出来する者などいない。これを採用するのであれば、領主は連合を組んで皇帝に敵対する覚悟である』


 貴族の多くが反発した改革案であったが、ヘルムフリートはそれを採用した。五大貴族のうちの三名が改革案に賛同したからである。そして採用と同時に、彼はエイミー騎士団長に反対派貴族の討伐を命じたのである。


『貴族連合に告げる。我が名はエイミー・ベンフォード。帝国騎士を束ねる騎士団長である。諸君らは現在、皇帝陛下に叛旗を翻したとして反逆罪に問われている。領主軍の騎士及び兵士に告げる。今ここで剣を交えることになれば、我が帝国騎士団は総力を以って鎮圧に当たる。生きて故郷に帰ることは無いと心得よ。だが武器を捨て投降するのなら見逃そう。我々は叛旗を翻した領主に用事があるのだ。それ以外に興味は無い』


 帝国を勝利に導いたエイミー・ベンフォード。その下に集うのは戦争の英雄たちである。対する領主連合は五大貴族を欠いた中小貴族たちの集まりであり、戦争においては何も貢献しなかった者たちが殆どであった。

 自らの利権を守るために叛旗を翻した貴族たちに従う人間は少なく、エイミーの言葉を聞いた騎士や兵士は逃げ出して領主軍は戦う前から崩壊。それを見たエイミーはすぐさま全軍に突撃を命じて領主軍を蹴散らした。

 結局、戦闘は蜂起から僅か一週間で鎮圧され、叛乱に加担した貴族の全てが断頭台へと消えていった。


『帝国騎士団を再建するに当たり、私はこれまでの編成を大きく変えることを皆に告げる。帝国の体制は古すぎる。故に先の戦争で甚大な被害を受けた。我々騎士に課せられた使命はこの国を守ることであり、民の安寧を確保することである。この再編に戸惑うこともあるかもしれない。だが大陸の情勢は常に変化している。今変わらなければ、この国は必ず滅びることになる。それは断じて阻止しなければならない』


 反乱鎮圧後、混乱を迅速に治めるべくエイミーはその言葉と同時に大規模な軍改革案を実行に移した。これによって平民で構成された帝国軍は完全に解体され、領主は治安維持以上の戦力保有を禁じられた。 また彼女は国境警備隊を新たに組織して北部国境と南部国境に配置したが、これには多くの元帝国兵が動員され失業者の大量発生を防いだのである。


『帝国騎士の質は各隊によって大きく異なる。これは訓練方法が統一されていないことによる弊害でもあり、入隊した新人騎士の育成が各隊に委ねられている結果でもある。よって私は帝国騎士学校を設立することを決めた。これにより新人騎士の能力を一定水準に引き上げ、能力の伴わない名ばかり騎士の排除を狙う』


 続いて騎士団改革に着手したエイミーは騎士学校の設立を宣言した。これまで騎士団に入隊するには宮殿にある騎士団本部に届けを出せば、本部の人間が身元などの調査を行い問題が無ければ入団を許可しており、入団式を終えた新人騎士は各隊に振り分けられていた。

 だがそれでは騎士の質を保つことは出来ない。隊によって異なる訓練によって差が生じてしまい、今回の様な戦争では連携に支障が出てしまうことになる。それを彼女は改善しようと考えたのである。

 そして終戦から一年半後、軍改革を軌道に乗せた彼女は宣言通り騎士団長の座をアレクシスに任せて帝国から旅立っていったのである。


「この仕事量……俺を殺す気だろ?」


 騎士団本部で愚痴を零すアレクシスは、椅子に深くもたれ掛かると大きく背筋を伸ばした。軍改革を軌道に乗せたとはいえ、全ては初めての取り組みである。問題が起こるのは当然であった。


「愚痴を言っても仕事は減らないわよ」

「分かってはいるが、毎日これではな」


 一瞬頭に逃亡の二文字が浮かんだアレクシスだったが、向かいに座るアンナの表情を見てそれをすぐに諦めた。副団長に就任したアンナの机にも、山の様に書類が積まれているのである。


「早く戻って来てくれるとありがたいな」

「エイミー様が旅立ってまだ半年ですよ? 当分戻りません」


 アレクシスの願いをそんな言葉で一刀両断したアンナはすぐに次の書類に手を伸ばすが、一度集中力が切れたアレクシスはそうはいかない。


「今頃はどの辺りだろうな。賊に襲われて死んでなければ良いが」

「エイミー様が賊に負けるはずがないでしょう。さっさと手を動かして下さい。この後は改革の進捗状況を陛下にお話するのです。今日はリゼール様も参加するのですから、団長らしくして下さいね」

「嘘だろう? 本当に死ぬぞ?」


 会議にヘルムフリートだけではなくリゼールも参加することを知ったアレクシスは、盛大なため息を吐いて机に突っ伏した。最近では外交や会議に顔を見せる第一皇女リゼールは、完全に父親の血を継いでいた。鋭い視点で意見を述べる彼女の存在は彼にとっては恐怖の対象である。何せ仕事が増えるのだから。

 

「頼む。早く帰って来てくれ。書類に埋もれて死ぬのはご免だ」


 心の底から祈ったアレクシスだが、それが叶うことは無い。当初の予定では早くても一年は戻らないのだ。しかも不測の事態が起こればそれ以上になる。

 結局のところ、彼に残された道は懸命に仕事を片付けることだけだった。まさか彼女が昼寝に興じているとも知らずに。








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