アガレスト会戦
帝国騎士団の誰もがエイミーに視線を向けていた。いや、向けていたというよりも見惚れていたほうが正しかった。
「……私は今ここに願う」
静かに佇んでいたエイミーが言葉を発した瞬間、静かに風が吹いてその美しい金髪の髪が宙を舞い輝く魔力が空から降り注ぎ始めた。
「平穏なる世界を。理不尽に命が奪われる事の無い世界を。故に我らは欲した。争い、妬み、憎しみに染まったこの世界を打ち破る力を。そう……どの様な苦難であろうとも打ち破る絶対の力を」
そして空から降り注ぐ輝く魔力は徐々に広がり始め、騎士団全員を包み込んだのである。
「全ての母たる女神アスタロトよ。どうか我らに希望を。そして奪うためでは無く守るために戦う我らに勝利の栄光を与えたまえ。そしてこれから死地に赴く勇敢な騎士たちに、その聖なる加護を授けたまえ」
アガレスト平原全域に響き渡ったその声を聞いて、叛乱軍は一斉に前進を止めた。だがそれは失策であった。丘陵地帯に突然現れたエイミー率いる騎士隊は、混乱する叛乱軍を見るなり一気に突撃を開始したのである。
「アルテミス騎士隊とアテナ騎士隊は私に続け! 前衛を蹴散らしてこちらの力を最初に示す!」
丘陵地帯を迷い無く駆け降りて行くエイミーたちに続き現れたのは、長弓騎士隊を率いるリサだった。彼女は弓を構えるとすぐさま隊に命令を飛ばした。
「矢を放ちなさいっ! 突撃前に敵の隊列を崩すのです!」
命令と同時に矢を飛ばしたリサは、すぐさま矢筒から次の矢を抜いて目標も定めずに矢を放って行った。何せ少し照準が外れようとも敵は大軍なのだ。届きさえすれば誰かには当たる。
「これで五射目。最後は目標を絞りなさい。狙いは前列。これで隊列を完全に崩します」
命令を出したリサは盾を構えた前列に狙いを定めて最後の弓を放った。見事な放物線を描いて飛んだ矢は、やがて落下して吸い込まれるように彼女が狙った獲物に見事命中したのであった。
「道は開きました。あとは存分に……我らが女王よ」
前衛部隊に突撃を開始したエイミーたちを眺めながら小さな声で呟いたリサは、第二陣で突撃を行うヘスティア騎士隊に目を向けた。その先頭に立つのは今や名実共に立派な騎士に成長した皇女ディアーナであった。
「……勇猛なるヘスティア騎士隊の諸君。これは帝国騎士団長が自ら切り開いた道である。臆さず進め。全騎……突撃せよっ!」
残った前衛を駆逐するべく突撃を始めたディアーナたちだったが、叛乱軍は未だに何が起きているのか理解出来ずに混乱を続けていたのだった。
「な、何が起きている? 一体これはどういうことだ?」
「隊列を……隊列を立て直せ! 早く立て直すのだっ!」
突然現れた騎士隊と続いて降り注いだ大量の矢。そして止めの一撃と言わんばかりの騎乗突撃によって前衛部隊は一気に切り崩されることとなった。
そして電光石火の早業によって一気に前衛部隊を突破したエイミーは、ランスを掲げると魔法を宿して上空に信号弾を打ち上げた次の策を実行に移したのだった。
「おら野郎ども! 女性騎士ばかりに良いところを持って行かせるな! 帝国の男魂を見せてみろっ!」
「敵は浮足立っている。慌てずに敵を追い詰めろ。とにかく囲い込め」
信号弾を見て動き出したカッセル騎士隊とメッセル騎士隊は共に左翼と右翼から叛乱軍へと向かって動き出した。そして包囲網を完成させるため、最後の一人が強い口調で騎士と兵に命じたのであった。
「今こそ皇帝家への忠節を示す時である。全軍、我がバクスター家の紋章を掲げて攻撃を開始せよ。敵は逆賊の叛乱軍である。魔法攻撃開始せよ!」
叛乱軍の最後尾に陣取るエルザ率いる領主軍は強固な防御陣型を素早く組むと、魔法による攻撃を開始
したのであった。この叛乱軍の支えともなっていたバクスター家の裏切りによって、叛乱軍の混乱にさらに拍車が掛かり、叛乱軍は攻勢に出るどころか防備もままならない状態で戦闘を続けることとなったのである。
「な……ば、馬鹿な…………。どうして……」
皇女リゼールから情報を集めていたハイデンブルグ伯爵は、叛乱の失敗など微塵も考えていなかった。
帝国騎士団の殆どが訓練を兼ねた遠征に出ており、帝都には親衛騎士隊と近衛騎士隊の三千と帝都防衛のために駐屯していた二万の騎士のみ。よって十万近い叛乱軍を以ってすれば確実に勝利を掴めるはずであった。
「ど、どういうことですか? これは……なぜ騎士団が待ち構えているのですかっ!」
「ま、まさか罠だったのでは?」
「ば、馬鹿な……あり得ん…………。リゼールは確かに騎士団は帝都にはいないと」
皇族の中でもっとも警戒心が緩いリゼールに狙いを定めて情報収集を行ったハイデンブルグ伯爵は、未だに騙されていたことに気付いていなかった。
リゼール・ハウゼン・ザールラント――――皇妃テレージアや第二皇女ディアーナと違って武の才能は全く無く、皇帝ヘルムフリートの様に政治に長けた人物でもない。特徴の無い皇族というだけの小娘。それが貴族たちの認識であった。だからこそ余計に認められないのである。自分たちが彼女よりも優れていると思い込んでいるために。
(馬鹿な……私が騙されただと……あり得ん。絶対にあり得ん。あの小娘に騙されたなど……)
最後に会ったリゼールはいつも通り微笑みながら情報を漏らしており、そこに騙すような素振りは微塵も感じられなかった。だからこそハイデンブルグ伯爵は信じて行動を起こしたのである。それが彼女の才能であると気付かないまま。
「どうして……どうして貴様がここにいるっ! エイミー・ベンフォード!」
漆黒の軍馬に跨りランスで次々と叛乱軍の騎士を馬から突き落として行くエイミー・ベンフォードは、ハイデンブルグ伯爵の叫び声に答えるかのように敵の中央で馬を止めると、体に似合わない戦場に響き渡る声で叛乱軍に告げた。
「貴族連合に告げる。我が名はエイミー・ベンフォード。帝国騎士を束ねる騎士団長である。諸君らは現在、皇帝陛下に叛旗を翻したことにより反逆罪に問われている。領主軍の騎士及び兵士に告げる。抵抗を続けるのであれば、我が帝国騎士団は総力を以って鎮圧に当たる。生きて故郷に帰れることは無いと心得よ。だが武器を捨て投降するのなら見逃そう。我々は叛旗を翻した領主貴族に用がある。それ以外に興味は無い! 騎士や兵は今すぐ降伏せよっ!」
あっという間に先頭に展開していた部隊を壊滅に追い込んだエイミーの言葉は、貴族連合の騎士や兵士たちを動揺させた。それを立て直すことはもはや誰の目にも不可能であったが、往生際の悪い貴族たちは降伏を命じることは無かった。
「…………良かろう。ならばここで殲滅する。皇帝陛下に敵対して、帝国を混乱に導く者共に私は容赦しない。全軍……叛乱軍を殲滅せよっ!」
やるべき事は為した。エイミーは心の中で自分にそう言い聞かせると、ランスを前方に向けて全軍に対してさらなる突撃を命じた。そしてその命令に応じて、包囲を行っていた左翼と右翼の騎士隊も一斉に動き出したのであった。
「左翼と右翼にも騎士隊だと……馬鹿な…………。そんな馬鹿な。これは……夢だ。はは……夢なんだ」
崩壊していく軍を眺めながらハイデンブルグ伯爵は渇いた笑いを浮かべ言葉を発したが、向かって来る騎士の中にエルナの姿を見つけて表情を変えた。
「なぜ貴様がここにいるっ! エルナ!」
勘当したはずの娘が向かって来ることに激怒するハイデンブルグ伯爵に対して、戦場を駆けていたエルナも父親の姿に気付いて左手で握る手綱に力を込めた。
「……どうする?」
同じようにハイデンブルグ伯爵の姿を見つけたエイミーは、すぐに軍馬をエルナのそばへと寄せて尋ねた。その意味を正確に理解したエルナは、少しだけ考えてから迷いを振り切りはっきりとした口調でそれに答えた。
「私にやらせて下さい。勘当されたとはいえ父です。それに叛乱の首謀者でもあります。家の汚名を雪ぐ機会を」
「分かった。ならばそこまでの道は私が切り開く!」
エルナの覚悟を受け止めたエイミーはすぐさまランスを前方に突き出すと、高密度に圧縮された風の魔力を放って前方で右往左往していた叛乱軍の騎士や兵士を一瞬にして吹き飛ばし、続いて軍馬から飛び降りると地面に華麗に着地してランスを地面に突き刺して再び魔法を発動した。
「邪魔だっ! 退けぇぇぇぇぇえっ!」
三方向に暴風を放って周囲の敵を一掃したエイミーは、エルナに視線を向けるとその命令を発したのであった。
「道は開いたエルナ・べスラー。その覚悟を以って勝負を決めろ。あとは任せたぞ!」
「了解しました。騎士の名誉に懸けて……その任務を果たして見せます」
レアーヌとの戦争によって失ったものは多い。純潔の喪失と、それによって実家から勘当され貴族としての地位も失った。
だが目を開けば得たものも確かにあった。実の両親には穢れた娘として蔑まれたが、代わりに信頼に足る仲間を得ることが出来たし、その命を懸けて仕えたいと思う人物にも出会えた。
『だから私は約束しよう。この世界を変えることを。そして戦火の無くなった世界を必ず見せよう。騎士として生きたことが間違いではなかったと。絶対に私は後悔させない。だから…………この剣を手に取って欲しい』
悲嘆に暮れていた自分に生きる道を指し示してくれた帝国騎士団長エイミー・ベンフォード。そんな恩人に報いるためにエルナは剣を向けた。叛乱軍の首謀者でもあり実の父でもあるハイデンブルグ伯爵に。
「あなたの妄執もここで終わりです。父上に国を統べる資格など無いっ! ダストン・べスラー!」
「王国兵に穢された女が……今さら娘面をするなっ! このべスラー家の恥さらしが!」
駆け抜けながら互いに振り下ろした剣が激突して小さな火花を散らす。そしてすれ違ったあと、二人は軍馬を返して再び対峙して言葉を交わした。
「恥を晒したのはあなたです父上! 陛下に対する叛逆が本気で成功するなど思っていたこと自体が浅はかです! ですがそれもここで終わりです」
「お前が私に勝てると思っているのか? 王国兵に敗北した軟弱者風情がっ!」
「貴族の義務を放棄して戦わずに領地に籠っていた臆病者にだけは言われたくはありません父上」
エルナの言葉に怒りが込み上げ我を忘れたハイデンブルグ伯爵――――ダストンは何も考えずに軍馬を前に進めたが、それを見たエルナは左手を掲げて魔法を行使したのだった。
「〈大地よ 敵を阻め〉」
大地に干渉して地面を陥没させたエルナによってダストンが乗る軍馬は足を取られて転倒、彼はそのまま落馬して背中を強打したのであった。まさに帝国騎士としては恥ずべき行為を平然と行うエルナに対して、ダストンは地面に転がりながら声を上げた。
「き、貴様……ひ、卑怯だぞ!」
「卑怯? これは戦争です父上。間違っても決闘ではありません。そもそも戦争とはそういうものです。レアーヌとの戦争で私は学びました。どの様な手段を用いても私たちは勝たねばならないと。そうでなければ守れないのです。騎士としての誇りと名誉。何よりも民の安全と安寧は」
軍馬から降りて悠然と近付いて来るエルナに恐怖を感じるダストンは、地面を這いずりながら逃げようとするがそれを彼女は許さなかった。腰に下げていた短剣を抜くと素早く狙いを定めてダストンの右手に投げ付けた地面に縫い付けたのである。
「痛いですか? これが戦争です父上。ですがその程度なら大したことは無いでしょう。何せあなたの妄執によって多くの兵が死んだのです。ですから責任は取って頂きます」
痛みに絶叫を上げる父ダストンを見据えてはっきりと告げたエルナは、最後に剣を喉元に突き付けると勝負を決めるためその言葉を発したのだった。
「降伏せよ! これが最後の警告だ。武器を捨てて降伏せよっ! お前たちはこんな無様な将のために命を懸けるのかっ!」
無様に泣き叫ぶダストンと凛とした態度で堂々と敵を見据えるエルナ。叛乱軍の騎士や兵士が武器を捨てるのに時間は掛からなかった。




