会戦前の想い
貴族連合の誰もが叛乱の成功を疑ってはいなかった。だからこそハイデンブルグ伯爵は目の前の光景が信じられなかったのである。叛乱軍を蹴散らして行くその女性騎士がそこにいることが。
「な……ば、馬鹿な…………。どうして……」
未だに皇女リーぜルからの情報が間違いだったと認めることが出来ないハイデンブルグ伯爵は、迫って来るその女性騎士を睨み付けながら悲鳴に近い声で叫んだのだった。
「どうして貴様がここにいるっ! エイミー・ベンフォード!」
漆黒の軍馬に跨りランスで次々と叛乱軍の騎士を馬から突き落として行くエイミー・ベンフォードは、敵の中央で馬を止めると戦場に響き渡る声で叫んだ。
「貴族連合に告げる。我が名はエイミー・ベンフォード。帝国騎士を束ねる騎士団長である。諸君らは現在、皇帝陛下に叛旗を翻したことにより反逆罪に問われている。領主軍の騎士及び兵士に告げる。抵抗を続けるのであれば、我が帝国騎士団は総力を以って鎮圧に当たる。生きて故郷に帰れることは無いと心得よ。だが武器を捨て投降するのなら見逃そう。我々は叛旗を翻した領主貴族に用がある。それ以外に興味は無い! 騎士や兵は今すぐ降伏せよっ!」
あっという間に先頭に展開していた部隊を壊滅に追い込んだエイミーの言葉は、貴族連合の騎士や兵士たちを動揺させた。それを立て直すことはもはや誰の目にも不可能であったが、往生際の悪い貴族たちは降伏を命じることは無かった。
「…………良かろう。ならばここで殲滅する。皇帝陛下に敵対して、帝国を混乱に導く者共に私は容赦しない。全軍……叛乱軍を殲滅せよっ!」
やるべき事は為した。エイミーは心の中で自分にそう言い聞かせると、ランスを前方に向けて全軍に対して突撃を命じた。
そしてその命令に応じて、隠れて展開していた騎士隊が一斉に動き出したのであった。
「左翼と右翼にも騎士隊だと……馬鹿な…………。そんな馬鹿な。これは……夢だ。はは……夢なんだ」
崩壊していく軍を眺めながら、ハイデンブルグ伯爵は渇いた笑いを浮かべ言葉を発した。数時間前までは、まさかこんなことになるとは予想もしていなかったからである。
「もう少しで帝都。我らが国を統べるその瞬間が間も無くやって来るのだ」
「我らの行動にも気付けないなどエイミー・ベンフォードも大したことは無いですな。まぁ所詮はどこの子とも知れぬ娘。生まれも身分も高貴な我々がそんな娘に従うこの状況も、ようやく終わるというものです」
「それもそうだな。とにかく帝都を制圧して皇族を捉えれば全て終わる。この欺瞞に満ちた帝国もあるべき姿に戻るというものだ」
叛乱の成功を信じて疑わないハイデンブルグ伯爵たちは高笑いを浮かべていたが、やがて話題は後方を進む叛乱軍最大の人物へと移った。
「それにしても……バクスター家のエルザ。意外と欲が無いな。帝都への一番乗りを我々に譲るとは」
「五大貴族である彼女に今さら手柄など必要ないでしょう。それに叛乱後の情勢も見据えていると思われます。ここで手柄を譲っておけば、他の貴族の心証も良くなりますから」
勝手にエルザの思惑を想像するハイデンブルグ伯爵たち。そんな事を想像されているとは知らないエルザは、彼らとは全く違う事を考えていた。
(貴族連中を私より前に配置するのは苦労すると思ったが拍子抜けだな。まさかここまでアホとは)
戦果を上げる事に固執する貴族たちは、誰もが帝都への一番乗りという栄光を手にしたいがために最前線の配置を望んだのである。その場所が地獄の入り口に最も近い場所だとは知らずに。
「多くの人間は望んだものしか見ようとしない。だがそれは命を預かる指揮官にあってはならないことである……か」
「何か仰いましたか?」
思わず小さな声で呟いた言葉であったが、その声は隣に並ぶ副官には僅かに聞こえており彼は疑問の声を上げた。そんな声にエルザは首を振って何でもないと答えた。
(ボンクラ貴族では勝てるわけが無い。軍事はもちろん内政にも精通しており、他にも精霊や悪霊という存在にも詳しい。さらにあの圧倒的な魔力量と剣技。もしかして彼女の生まれは……)
平民よりも貴族で、貴族よりも王族の方が魔力保有量が高い。もちろん例外は存在するがそれがこの世界の基本である。彼女たちは知らないが、王侯貴族の祖先は元を辿れば創世戦争で活躍した者たちの血を受け継いでおり、そのため魔力量が平民や成り上がった貴族よりも高いのである。
「……本当に宜しいのですか? 裏切るような行為はバクスター家の名に傷が付くのでは?」
「そんな顔をするな。我がバクスター家は皇帝家を守護する五大貴族。かつての継承戦争においては誉れ高き英雄『槍聖の騎士』様と共に内戦を駆け抜けた誇り高き騎士の家柄なのだ。陛下を裏切ることこそ名前に傷を付ける」
継承戦争において活躍したのは五大貴族だけでは無い。帝都防衛戦に僅か十二人の騎士を率いて参加して、多大な功績を上げた英雄『槍聖の騎士』
彼女は帝国において女性騎士の礎を築いた人物でもあったが、後世に残る彼女に関する文献はあまりに少なかった。何よりも内戦終結後、彼女と十二人の騎士たちは一切姿を現すことは無かったのである。
だからこそ今では内戦によって生まれた物語だったとも言われているが、そんな彼女が本当にいたと信じて武に励む女性騎士も多いのだ。皇妃であるテレージアが槍を使うのはまさにそのためであり、エルザが武に励むのもそのためである。
(エイミー様の生まれは王族かもしれない。いえ、もしかしたら槍聖の騎士に連なる者かも)
強大な力を持ちながらも弱き者を守るために力を行使するエイミーの姿は、まさに伝えられる槍聖の騎士そのものであった。故にエルザはそう考えたのであった。
「まぁ今は気にしても仕方が無いか。それよりも今は目の前の愚者共の始末が先だな」
行軍する万の大軍を見つめるエルザはそれが明日にはどうなるか知っている。何せ叛乱軍の進む先にはエイミー騎士団長率いる騎士団が万全の態勢で待ち構えているのだ。その強さはもはや語るまでも無い。
「陛下に剣を向けた逆賊共。その行為がどの様な代償を払うのか身を以って知る時だ」
後方に陣取るエルザ率いる領主軍の目的はただ一つ。敵の退路を完全に断つことであり、その時はそこまで迫っていた。
そして次の日の午後、ついにその時が訪れたのである。
「叛乱軍を視界に捉えました。あと一時間ほどで射程内に入ります」
丘陵地帯の後方に陣取るエイミー。いつもの様に地面に寝転がりライアンを枕にして眠っていた彼女は、その報告を聞いてゆっくりと目を見開いた。
「御苦労。各騎士長にも伝えてくれるかしら?」
「了解しました。すぐにお伝えします」
体を起してゆっくりと筋肉をほぐしたエイミーは、そばに置いていた剣を掴むとベルトに剣を吊るして周囲を見回した。そこには士気の高い騎士たちが真剣な表情で今か今かとエイミーの指示を待っていた。
「……さすがは誉れ高き帝国騎士たちね。気力は十分ね」
叛乱を素早く鎮圧することを目標にしていたエイミーにとって、この作戦は一種の大博打でもあった。ここで逃せば叛乱軍は東部に戻り防備を固めることになる。それを制圧するとなれば、嫌でもそこに住む民に被害が出てしまう。何の関係も無い民にだ。
「絶対に逃がしたりはしない」
覚悟を固めたエイミーは集まって来た騎士長たちを見据えると、凛とした声で宣言した。
「これより叛乱軍を包囲、抵抗があれば殲滅する。同じ同胞だからといって躊躇うな。ここで逃がせば、傷つくのは他ならぬ民である。絶対に逃がすな」
エイミーの命令を受けて動き出した騎士長たちは、それぞれの隊に戻り指示を出すと彼女の攻撃命令を待った。
そして誰もが長く感じた時間ではあったが、ついにその命令が発せられたのであった。




