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アグリジェント戦記  作者: 黒いたぬき
帝国改革編
112/173

アガレストでの出来事

「五日後には叛乱軍が視界に入る。各隊は準備を急げ。慌てる必要はないから、確実に準備しろ」


 漆黒の軍馬と純白の軍馬に跨って各隊を見回るエイミーとディアーナ。そんな彼女たちに率いられた帝国騎士団の士気は尋常ではないほど高かった。


「長弓騎士隊の準備は大丈夫リサ?」

「これはエイミー様。問題などございません。さすがは誉れ高き騎士女王が率いる騎士団。皆さま素晴らしい使い手でございます」

「そう、期待しているわ。それとその呼び方は止めてね」


 世界を救った英雄エミリアと同列に扱われることに居心地が悪いエイミーの言葉を受け、リサは頭を下げて謝罪するとそのまま長弓騎士隊の下へと戻って行った。


「エルフが指揮官で大丈夫かとも思ったけど意外と評判もいいわね」

「可愛いからね。抱きしめて眠るのにちょうど良い大きさだしね」

「関係ないでしょう。それよりも寝る場所は選びなさい」


 暇が出来ればエイミーは常に眠っており、それこそ場所などは一切関係なかった。前回などは男性騎士用の天幕で堂々と寝ており、男性騎士たちから陳情が届けられたほどだった。


『これでは生殺しです。どうにかして下さい』


 日頃の激務に加えて鍛練や交流すらも怠らないエイミーにとっては一分一秒すら惜しいもの。そのことはディアーナも十分に理解していたが、さすがに限度というものがある。


「せめて男性騎士用の天幕で眠るのだけは止めなさいよ。いくらそっちの方が近いとはいえ、さすがに可哀相でしょう」

「いや、あれは本当に間違えたのよ。ちゃんと謝ったでしょう」

「そういう問題じゃないのよ。それと人前で平気で眠るのも止めなさい。そもそも貴女……スカートでしょう?」

「え? それは関係ないでしょ?」


 眠っているエイミーは知らないが、男性騎士たちの楽しみの一つが覗きである。全く以て許しがたい所業なのであるが、ディアーナからすれば無防備過ぎるエイミーが悪い。

 しかもタチの悪いことに眠っているエイミーの寝顔は可愛い上に、なぜか妙に色っぽいのだ。時折、口から甘い吐息や声が漏れ身悶えするのだから手の付けようがなく、男性騎士はもちろんのこと女性騎士でさえ顔を赤らめる始末であった。

 もちろんエイミーが声を漏らすには理由があり、実はそれが悪夢に苛まれている結果とはディアーナも知らなかった。創世の力によって記憶すらも継承している彼女は、夢の中で継承たちの人生を擬似体験しているのである。戦場と血に塗れた継承者たちの人生は、苦難と後悔と悲しみに満ちており、まさにそれは悪夢そのものでしかない。


「と・に・か・く。今後は少し気を付けて。私だって変な気分に……」

「え? 最後がよく聞こえなかったけど」

「なんでもないっ! とにかく少しは自重して。分かった?」


 その剣幕に圧倒されたエイミーは、渋々といった表情で同意を示したが、その態度から守るつもりは無いと理解してディアーナは最後に盛大なため息を漏らした。


「本当にお願い―――っ!」


 もう一度だけ念を押そうとしたディアーナが声を上げた瞬間、エイミーの容姿が一瞬で変わり強大な魔力を解き放ったのである。それにディアーナはもちろん、周囲で準備を行っていた騎士たちも目を見開いてその光景を見つめていた。

 そんな驚きの視線を向けられるエイミーは、何も言わずに右手を前方に掲げて言葉を紡いだのだった。


「〈光と闇 表裏一体の女神アスタロト 全ての母の希望と絶望を今こそ知れ叛逆者 これが偉大なる母の苦悩と絶望である 舞い落ちろ 虚無へと誘う破滅の魔弾よ〉」 

「な、なんだあれは?」

「そ、空から……」


 晴天だった空が一転して暗雲に変わった次の瞬間、その雲から複数の黒い魔力の塊が出現して地面に向かって降り注いだのである。

 

「〈全ての精霊に命ずる 我が女神の軍をその盾を以って守れ 展開せよ 絶対なる障壁〉」


 驚きで身動き一つ出来ない騎士たちを放置して魔法障壁をエイミーが展開した瞬間、上空から降り注いだ黒い魔力の塊が地面に到達した。

 そしてそれは誰もが見たことが無い大きな爆発を引き起こし、人など簡単に吹き飛ばすほどの強烈な爆風を巻き起こしたのであった。





「どこまでも初代継承者エミリア・ロザンヌに似た女ね。エイミー・ローザンヌは」

「そうだな。態度も性格も容姿まで似ている。だが実力は比較にならないだろう」


 エイミーたちが野営している場所から遠く離れた場所から様子を観察していたイブリスと背中に大剣を背負った赤い髪の女性騎士は、互いに初めて見たエイミーの感想を述べ合っていた。


「あれは今の私たちでは到底太刀打ち出来ないだろう。魔剣の力を借りても無駄だろうな」

「認めたくは無いけどね。それにしても人間ってアホね。どう逆立ちしたって継承者には勝てないのに逆らうなんて」


女神の力を宿す継承者が保持する魔力は膨大であり、そんな人間が行使する魔法は低級魔法であろうとも簡単に人を殺すのである。数を揃えたところで太刀打ちなど出来るわけが無いのだ。


「ザリクとタルウィと戦闘した時は五大精霊全てを召喚したらしいが、それでも本来の力は使っていなかったとバエル様が話して下さった。まだまだ底が知れないな」

「全てを滅ぼして新たな世界を創りだす創世の力……エミリア以上と考えたら恐ろしいものね。早いところ力を取り戻さないといけないわね」

「そうだが私はやり方が好かんな。裏でコソコソと動きまわる計画など」


 悪霊たちには盟主である悪神アングラ・マインユを解放するという目的があり、そのためには力を取り戻す必要があった。だからこそ悪霊たちはなるべく表に出ずに暗躍しているのである。


「さすがは守護者……堕ちたとはいえ騎士ね」

「貴女だけには言われたくは無いな。冥府世界の筆頭守護騎士である貴女にはな」


 互いに騎士である二人は裏で暗躍する様な行動を好まない。その腕で敵をねじ伏せ蹂躙することこそが喜びであり、戦う意味なのである。

 力こそ全て。だからこそ死力を尽くして戦いと願う。女神に選ばれた継承者と命を懸けて思う存分に。


「まぁ計画はべリアルが担当するわ。私たちの仕事は予想外の事態が起きた時に対処すること。運が良ければ……しまった。ばれたわね」

「ばれたわね」


 圧倒的な魔力が満ちて行くのを感じた二人は殆ど同時に声を上げ、それが完全に自分たちを標的にしたものであることを理解するとすぐに逃げる準備に入った。


「ちっ……まさかこの距離で気付かれるとはな」

「急がないとまずいわよ。見なさい。あれは破滅の魔弾よ」


 真っ暗になった空から落ちて来るものを見て、赤い髪の女性騎士は舌打ちをしながら魔法の発動を速めたのだった。


「それではまた会いましょう」

「あぁ了解した。私は相棒と合流する」


 直撃ギリギリで転移魔法の展開に成功した二人は、最後に分かれの言葉を告げるとその場から一瞬にして姿を消した。


「……逃げられたか。まぁ仕方が無いか」


 都市すらも破壊しうる大魔法を放ったエイミーは鋭い視線を悪霊たちが存在した場所に向けていたが、逃げられたと理解すると解放していた力を戻して何事も無かったかのように振る舞った。


「作業に戻れ。今のは気にするな」


 気にするなと言われてもそれは無理な話であり、誰もがエイミーに畏敬の視線を送っていたのだった。






「そう……悪霊がいたのね」


 その夜、天幕でエイミーから話を聞いたディアーナは複雑な表情を浮かべながらベッドに腰掛けた。


「誰かまでは分からなかったけど、間違いなくザリクやタルウィよりも強い存在ね」

「その二人は五大悪霊なのでしょう? それよりも強いのがいるの?」


 悪霊たちを統括するのが五大悪霊であり、その強さは普通の悪霊とは比較にならない。だが五大悪霊以外にも強者は存在した。


「悪霊側の騎士……イブリスにマルコキアス。それに智略の面でいえばべリアルやレヴェナという存在はある意味、五大悪霊を超えるわ。他にも強いのはいるけど、名前を挙げた四人は気を付ける必要があるわ。実力はもちろん、その能力が厄介過ぎるのよ」

「能力?」

「そうよ。例に挙げればイブリスの使用する長剣『レーヴァテイン』は、通称『女神殺し』と呼ばれる魔剣で女神の力である神聖魔法と闇魔法を無力化する力を持つわ。つまり私とはかなり相性が悪い。さらにレヴェナは『万物の理』という魔法と『未来確定』いう魔眼を持つわ」


 聞けば聞くほど悪霊という存在が強大だと感じるディアーナは、心の底からエイミーが帝国に居てくれて良かったと感じるのであった。


「とにかく早く叛乱を鎮圧して態勢を整えないと、本当に取り返しのつかないことになるわ」

「……人間同士で戦っている場合ではないということね」


 悪霊という脅威をエミンゲルで見たディアーナは、ため息混じりに言葉を紡ぐとそのままベッドへと倒れ込んだ。それをしばらく無言で眺めていたエイミーは、今日の会話を思い出してディアーナに告げた。


「そういえばディーも良くライアンを枕にして寝ているわよね?」


 その言葉を聞いたディアーナは、今さらながら自分も男性騎士に見られているということに気付いて、顔を真っ赤にしながら顔を枕に埋めたのだった。




 

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