内戦の始まり
「あの様な貴族の血も流れない小娘に、これ以上我らの生活を脅かされてはならない。これは正当な権利の行使である。決して叛乱などでは無い」
叛乱を正当化するハイデンブルグ伯爵の演説に対して、集まった貴族たちは大きな拍手を送って彼を口々に賞賛する。
「帝国の伝統を蔑ろにする小娘とそれに従う皇帝ヘルムフリートこそ逆賊である。奴こそがこの帝国を蝕み国を弱体化させている。我ら領主軍無くして国は守れないのだ」
聞く人間が聞けば嘲笑ものの演説だが、自分たちが絶対の正義だと信じ切っている貴族たちはそれを聞いてさらに熱狂の声を上げた。彼らはまさに見たい物しか見えていない状態なのである。
自分たちが戦争に派兵しなかったことも、貴族としての義務を放棄したことすらも忘れて、ただ批判を繰り返す彼らを止める者はもはやどこにもいない。彼らは国に不要と判断されたのだから。
「今こそ貴族の力を結集して逆賊を討ち取るのだ。貴族の正当な権利を奪おうとする小娘の首を取り伝統を守ることこそが帝国をさらなる繁栄に導くのだ。我々にはバクスター家も味方してくれている。必ず勝利を勝ち取るだろう。兵を上げろ諸君。これより帝都に向けて進軍を開始する!」
七万という大軍を見て興奮を隠しきれないハイデンブルグ伯爵は戦う前から勝利を確信していた。だから彼は情報が全て筒抜けだということにも気付けていなかった。
そして彼にとって最大の間違いは、小娘と侮るエイミーを敵に回したことであった。
「それにしても本当にリゼール皇女には感謝しなければ。全てが成功したら彼女だけは助けてやろう。私の愛人としてな」
ハイデンブルグ伯爵たちが何も知らずに帝国東部で挙兵した頃、帝都の平民街ではちょっとした騒ぎが起きていた。
「お、お待たせ致しました」
「ありがとう」
帝都で最近人気の菓子店。そこに突然、エイミーとディアーナがやって来たのである。
「相変わらずの人気ね」
「それはディーも同じでしょう?」
菓子をテーブルまで運んできた先程の少女は、幸せそうな笑顔を浮かべており、他の子たちはそんな彼女に羨望の眼差しを向けていたのである。
「それにしても帝都の平民街にこんな店があったとは知らなかったわ」
「宮殿勤めのメイドたちの話によれば最近営業を始めた店らしいわよ」
「そうなの? なら知らなくても当然か」
メイドたちとも当たり前のように会話するディアーナは、当然そのメイドたちから様々なことを聞いているのである。それは人気の甘いお菓子や流行しているアクセサリーから服。そしてさらにはどの騎士が格好いいといったことまで。
(帝国は本当に不思議な国よね)
ディアーナは気付いていなかったが、色々な国をその目で見てきたエイミーからすれば帝国は本当に不思議な国であった。平民が騎士になれる国はアグリジェント大陸の中でも帝国だけしか存在せず、また女性がここまで重用されている国も帝国だけである。
それを可能にしているのが『武誉』の理念であり、武に長けた者に栄誉を与えるこの国では、身分の差で将来が決まってしまうことなど絶対にないのだ。男爵令嬢騎士が皇太子に見初められ今や皇妃として生活し、ただの放浪者していた少女が騎士団長に就任して、皇族の住まう宮殿を平民の近衛騎士総長が守護する。どれも他の国では夢物語の話である。
(そもそも帝国は皇族からして皇族らしくないわ)
美味しそうに菓子を頬張る目の前のディアーナもそうだが、嬉々として戦場を駆けるテレージアや飄々とした態度のヘルムフリートも皇族には見えない。唯一、普段から皇族に見えるリゼールも実は帝都を散歩する趣味の持ち主であり、住民たちと非常に仲が良いのである。皇族は敬愛されるべき存在ではあったが、帝国の民にとっては身近な存在でもあった。
「そういえば、ハイデンブルグ伯爵がとうとう動き出したとか。姉上の情報に踊らされたのね。騎士団は全く動いていないのに」
注文した菓子を全て食べ終えたディアーナは、紅茶を飲みながらようやく本題を話し始めた。東部に派遣された近衛騎士隊と親衛騎士隊から報告があったのが昨日であり、それはすぐさま帝都にいる騎士長たち全てに伝えられたのである。
「でもこれでようやく叩き潰せる。帝国復興のためにも、迅速に叛乱を鎮圧して改革を進めないと。アデーレのお陰で一応、南部国境の緊張感は緩和されたとはいえ油断は出来ない。未開の大地の調査も進めたいからね」
魔獣の襲撃を受けた王国軍を一時的に帝国に迎え入れ、事態の対処に当たったという報告を受けたエイミーはその判断に理解を示してアデーレを罰することは無かった。王国に恩を売るという発想によって、王国側の態度が一時的にでも軟化したのだから。
「まだまだ帝国が平穏を取り戻すのは先になりそうね」
「その通りだけど、必ず平穏は取り戻してみせるわ。そのためにもまずは――――」
大通りが騒がしくなった事に気付いたエイミーとディアーナは同時に席を立つと、女性らしい柔らかな表情から騎士の表情へと変化させた。
「騎士団長閣下。皇女殿下。全ての準備が整いました」
完全武装の騎士たちを見て何事かと騒ぐ住民たちにも伝わるように、エイミーとディアーナは運ばれて来た馬に軽々と跨ってから凛とした声を上げて指示を出した。
「これより東部で皇帝陛下に叛旗を翻した貴族連合を殲滅する」
「目指すは東部アガレスト平原だ。全軍前へ進めっ!」
エイミーたちに従う騎士たちの中には実家が叛乱に加担している者たちも多く存在したが、その殆どが彼女たちに忠誠を誓い実家を敵と認識したのである。あの戦争を体験した者たちから見れば、どちらの言い分が正しいのかは考えるまでもないことだった。
それでも家族に刃を向けたくないと願う騎士たちも少なからず存在しており、そんな騎士たちは宮殿の一角に集められ近衛騎士に監視されながら生活を送っていたのである。
「アガレストに到着したらまずはもう一度作戦を確認して、それから準備に入ろう」
「それが良いわ。失敗すれば叛乱が長引く事になるもの。十分に確認して穴が無いか確かめましょう」
騎士を率いて先頭を並んで歩く二人。そんな彼女たちを住民たちは何一つ理解出来ないまま見送ったのであった。
だがやがて落ち着きを取り戻した住民たちは、エイミーたちの言葉を思い出して内戦が始まる事に気付いたのである。そしてそれは小さな混乱を呼んだが、誰かが上げた言葉によってすぐに鎮静化したのであった。
「殿下や団長様に任せておけば絶対に大丈夫さ」
それはまさに二人を信頼しているからこそ発せられた言葉であり、住民全ての気持ちを代弁した言葉でもあった。
そして五日後、最初の戦闘がハイデンブルグ伯爵領シュタイアの街で起こったのである。
「帝国親衛騎士隊及び帝国近衛騎士隊が領民に告げる。領主であるべスラー家は現在、帝国皇帝陛下に対して叛旗を翻したとして反逆罪に問われている。よってこの街は両騎士隊が制圧することとなった。大人しく指示に従え」
街に突入したリヒャルダは事情を説明しながら目標である軍艦の制圧を達成すべく港を目指し、フランツはテレージアを護衛しながらハイデンブルグ伯爵夫人を拘束するためべスラー家の屋敷を目指したのだったが、両者は共に予想外の抵抗に遭遇することとなったのである。
海運貿易によって富を得てきたハイデンブルグ伯爵は、海の騎士団以外にも戦力を隠し持っていたのである。それは大陸西方で活動する傭兵たちである。
「これは……退屈な仕事だと思ったら違ったみたいだな」
「へへ。まさか皇妃様自らお出ましとは。俺たちは運が良いみたいだな。楽しめそうだぜ」
「貴様ら……皇妃陛下に対して無礼な口を聞くのも――――」
下劣の一言に尽きる傭兵たちの言葉に激昂するフランツであったが、当の本人であるテレージアは至って冷静な態度で一歩前へと足を踏み出した。
「帝国皇妃テレージア・ハウゼン・ザールラントです。宜しくお願いします」
下品な態度の者たちにも皇妃らしい丁寧な態度で挨拶したテレージアは、ドレスの裾を軽く持ち上げながら優雅に微笑んだのだった。




