対処する力
「作戦行動の許可を願います陛下」
皇帝執務室にやって来たエミリーは作戦の詳細を説明すると最終的には跪いて許可を求めたのだった。それに対してヘルムフリートは椅子に背中を預けて険しい表情を浮かべると、しばらく無言を貫いたのだった。
「……悪いが飲み物を頼むシェリー。エイミー団長。許可を出す前に少し話がしたい」
やがて口を開いたヘルムフリートは、控えていたメイドにお茶を頼むと椅子から立ち上がってエイミーにソファーに座るよう進めた。そして対面する形でソファーに座ると、彼は今まで胸に秘めていた想いを話し始めたのだった。
「この席でエリオスと帝国について語り合ったことが何度もある。そんな彼もあの戦争で命を落としてしまった。だがこれから先もきっと戦争は続いていく。場所を変え、敵を変えて帝国は戦い続けることになるのだろう」
帝国という強大な国を統治する権力者にしては欲が無いヘルムフリートは、武力行使が好きでは無かった。
「この作戦は包囲後に投降を促すものだが、仮に叛乱軍が投降しなかった場合、君はどのような行動に出るつもりだ?」
「抵抗する者は残らず殲滅します」
殺気を込めながらはっきりと迷うことなく答えたエイミーに対して、それを予想していたヘルムフリートは動揺しなかったが、メイドであるシェリーは動揺を隠せずティーカップをテーブルに叩きつけるように置いてしまったのである。
「も、申し訳ありません」
零れた紅茶がエイミーの騎士服に掛かってしまい顔面蒼白になったシェリーだったが、当のエイミーは全く気にしていなかった。何せエイミーの殺気は普通の人間には耐えられないのだから。
彼女は何事も無かったかのように話を続けた。
「ですがそれは最終手段です。ある程度打撃を与えれば、叛乱軍は簡単に崩壊するでしょう。何よりも最初の一撃に耐えられるとはとても思えません」
最初の一撃とはエルザの裏切りである。予定では叛乱軍の退路を断つ形で彼らを裏切ることになっていた。叛乱軍を纏めるエルザの裏切りと大軍による包囲を受ければ、間違いなく降服するだろうとエイミーは考えていたのである。
ただし例外とはどこにでも存在するものだ。特に追い詰められた者は予想外の行動を起こす。だからエイミーは逃げ道を用意するつもりだった。
「我々の目的は叛乱を扇動する貴族たちを捕らえることです。ですから叛乱に加担した兵士や騎士は無罪放免で良いと考えています。投降を促す際にはそのことも告げたいと考えております」
「叛乱軍の内部を切り崩すというわけだな。悪くない考えだ」
仮に一人でも武器を捨てる者が出れば、その時点で叛乱軍の動きは間違いなく鈍り、エイミーたちは逆に大きなチャンスを得ることになるのである。
「前から思っていたのだが……若いのにしっかりしている。とても十五歳とは思えんな」
「昨日十六になりました」「ほう? では社交会デビューだな。まぁ今さらお披露目の必要もないだろうが。君の名を知らない者は帝国に存在しないのだからな」
「私の様な者の名が知られない世界であれば一番良いのですが」
「あらゆる物が手に入る地位にいるのに欲がないな」
「それはあなたも同じでしょう?」
世間話の中であなたと呼ばれたヘルムフリートが目を丸くして固まったのに対して、エイミーは意地の悪い笑顔を浮かべていた。
「……ははは。君は本当に色々な顔を持っているな。良いだろう。皇帝ヘルムフリートの名において作戦を許可する。迅速に叛乱を鎮圧して帝国復興を成し遂げよ」
「畏まりました陛下。ベンフォードの名に懸けて、迅速に叛乱を鎮圧してみせます」
胸に手を当てる帝国式の敬礼をして立ち去って行ったエイミーを見送ったヘルムフリートは、先程の言葉を思い出してもう一度笑った。
「先程のエイミー団長のお言葉ですが、些か不敬かと思いましたが……」
「いいや、あれでいい。同士である以上、立場は対等であるべきだ。それに公式の場ではしっかりと対応するだろう。だからあれでいい」
戦争の世界で生きる少女と政治の世界で生きる男。住む世界は違えど願うものは一緒。それが再確認出来ただけでもヘルムフリートにとっては大きな収穫だった
◆フルダ辺境伯領 ザールラント・レアーヌ国境地帯◆
「王国軍の連中……いつまで陣取るつもりでしょうね?」
「こちらが撤収するまでだろう。講和によって終戦を迎えたとはいえ、レアーヌはザールラントの報復を恐れているだろう? 何せ勝者の権利をこちらは行使しなかったのだからな」
ルマン川を挟み対峙する帝国軍と王国軍。その帝国騎士隊を率いるのはアデーレであり、彼女は副隊長と共に川岸に迫り対岸の王国軍を眺めていた。
「何も知らない末端の王国騎士は戦々恐々としているでしょうね」
「それはそうだろう。何せここに集結する帝国軍の数は日に日に増えている。もっともそれは叛乱に備えた国境警備でしかないのだがな」
帝国で起こる叛乱に乗じて再び王国軍が侵攻して来ることを何よりも恐れるエイミーは、レアーヌと国境を接する南部二つの領地に十万に及ぶ騎士と兵士を派遣していた。
それは王国側から見れば報復行動の準備に見え、王国側も慌てて国境の警備に重点を置いたのである。だがその大半は復興事業に従事していたため、国境警備に当たっているのは一万程度でしかなかったのである。
「だが困ったな。睨み合いは緊張感を高めるだけだ。そしてそれは暴発する危険性を孕んでいる。この時期に王国と再びことを構えることだげは絶対に避けなければならない」
エイミーからアデーレは二つの命令を受けていた。一つは絶対に王国軍に再侵攻をさせてはならないこと。そしてもう一つは王国との関係をこれ以上悪化させないことである。
(だが睨み合っている以上は、向こうの感情を悪化させることになるな。何か良い案はないものか)
アデーレが頭を働かせて状況の改善を図ろうとしたその時だった。川岸の向こうで悲鳴が上がったのである。見れば騎士とは違う者たちが大勢逃げていたのである。
「隊長……あれは魔獣の大軍ですね」
「地竜の群れだな。帝国では西部に集中して生息しているが、ヴォルム侯爵のお陰で被害は全く出ていないが」
地上を蔓延る魔獣の中で最も人を襲うと呼ばれる地竜。彼らはその巨体に見合わぬ疾走力で人を狩り獲る凶暴な魔獣なのである。
「王国騎士は総崩れだな。背後の警戒を怠り過ぎだ」
「全くですね。この世界の脅威は人間だけでは無いのに」
魔獣の被害は馬鹿に出来ない。何せその大半が人間を襲うのだ。だからこそ帝国では定期的に騎士が任務として魔獣の討伐を行い民の安全を守っているのである。
「王国は手を抜いたな。戦争なんて仕掛けるからこんなことになるんだ」
対岸の王国軍は明らかに劣勢を強いられていた。背後からの奇襲を受け、そこに民間人がなだれ込んで来たことにより状況はさらに混迷を極めてしまったのである。
「このままでは川を越えて来るかもな」
「まさか。トガゲモドキは川を嫌います。余程のことが無い限りは川を越えては来ませんよ」
「魔獣ではない。人がだよ」
逃げ惑う民間人や王国騎士たちは完全に押されており、徐々に川へと近づいていた。だがそこに足を踏み入れれば、次に待っているのは帝国騎士による攻撃である。それが分かっている王国騎士たちは、だからこそ何とかその場に留まろうと奮闘を続けたのである。
「あまりに地竜の数が多すぎる。ここらが潮時だ。全員配置に就け。これより王国軍を援護する」
アデーレの指示を聞いた副隊長は驚きの表情を浮かべたが、彼女はお構いなしで今度は川岸に向けて大声を上げた。
「川を越えろ! そのままでは全員死ぬぞっ! さっさとこっちに渡れ。民間人を全員殺す気かっ!」
アデーレが上げた声に対岸で戦う王国騎士たちは一瞬だけ戸惑いを見せたが、最終的には命には代えられないと判断して次々と川を渡り始めたのだった。
「全員攻撃用意。対岸に向けて魔法放てっ! 奴らには水魔法が有効だ!」
川を渡る王国騎士と民間人を援護するため、アデーレは獲物を求めて川に足を踏み入れようとする地竜に対して攻撃を指示した。その援護が功を奏いたのか、地竜たちは悔しさを滲ませた咆哮を上げて川を渡るのを諦めたのである。
だが問題も起こった。地竜はその場に陣取ると今度はその場に留まり始めたのである。
「厄介なことになりましたね。王国を助けたばっかりに」
「……確かに予想外だ。余程飢えているのだろうな。普通は諦める」
疲れ切った表情で座り込む王国騎士たちと恐怖に顔を歪める民間人たちを眺めながら、アデーレはこれからどうするべきかを考えた。このまま王国騎士た王国の民を帝国内に置いておくわけにはいかないのだから。
「とりあえず皆に食べ物と飲み物をくれてやれ。疲れや不安もあるだろうからな。ここで暴発されては本当に困るしな」
冷静に順序良く事態に対処するアデーレは、この状況を上手く利用しようして与えられた命令を遂行しようと考えた。
「帝国騎士団国境警備騎士隊隊長アデーレ・バスラーだ。王国軍の指揮官は誰か?」
上手く運べばここでの関係を改善できると考えたアデーレは、座り込む王国騎士にそう問い掛けたのだった。そしてやって来た指揮官を見据えると、彼女は地竜討伐に協力することを申し入れたのである。その対価は定期的な騎士同士の交流であった。




