鎮圧に向けて
――――ハイデンブルグ伯爵領に動きあり――――
その知らせが帝都に届いたのはヘルムフリートが改革案の受け入れを宣言してから一カ月後のことであり、エイミーがステラ侯爵領から帝都に戻った僅か一週間後のことであった。
そんな貴族たちの動きに対してエイミーたちはあくまでも気付かないフリをして日常を過ごしており、この日もブラムスにおいて騎士の訓練を行っていた。
「このクロスボウの威力は大したものですね。鎧すらも貫く威力とは」
実戦配備されたクロスボウの威力を気に行ったリヒャルダは、エイミーの提案を受け入れ近衛騎士隊の正式装備として採用していた。
「だが次を放つのに時間が掛かる上に射程も短い。開けた場所で使うには厳しいと思うがな」
ご満悦なリヒャルダに対して、クロスボウを手にしたフランツは問題点を上げながら顔を顰めていた。確かに威力は申し分ないが、矢の装填に時間が掛かり射程も短いクロスボウを彼はあまり気にいらなかったのである。
「エイミー団長は平原などでこれを使用するつもりはないのでは? 親衛騎士隊や近衛騎士隊に優先的に配備したということは、宮殿や建物内で使用することが前提なのでは?」
「そうだろうな。平原で使用するなら間違いなくあのロングボウだろう。広大な射程は間違いなく脅威だからな」
訓練の様子に視線を向けたフランツに合わせて、リヒャルダも視線を移すと苦み潰したような表情で言葉を紡いだ。
「確かに広大な射程ですが、私では一発放つのがやっとです」
ロングボウを引くにはかなりの力を必要とするため、リヒャルダのような女性騎士が扱うのは非常に厳しいものがあった。それは体を鍛えているフランツも同じようなもので二十発ほどで限界に達したのである。
「あれは毎日訓練しなければ扱えない代物だ。だがそれはエルフには当てはまらない様だな」
訓練を指導している中にエイミーがヴァルスの街で出会ったリサの姿も確認出来たが、彼女は手慣れた動作で次々と矢を放っていくのである。しかも遠くに設置された目標を的確に捉えているのだ。
「華奢な少女にしか見えないが、あれでも私たちより年上らしいからな」
「初めてこの目で見ましたが驚きました」
驚く二人は全く知らないが、リサも普通にロングボウを扱えばフランツと同じ数程度で限界に達するのである。彼女が連続して矢を放つことが出来るのは、エルフが得意とする強化魔法のお陰なのである。
だがそこから先は紛れも無く彼女の実力であり、誰もが彼女の様に目標を的確に捉えることが出来るわけでは無かった。
「リヒャルダ近衛騎士総長殿。フランツ親衛騎士隊長殿。エイミー騎士団長閣下がお呼びです。指導本部までお越し願います」
「伝令ご苦労。すぐに向かう」
若さが残る騎士の伝令を聞いて、礼を告げたフランツはリヒャルダと共に指導本部と呼ばれる天幕に向かった。そしてそこでは多くの人物たちが二人がやって来るのを待っていたのである。
「これで全員揃ったな」
帝国騎士団長としての顔を見せるエイミーにいつもの様な優しげな雰囲気は一切無かった。今の彼女はまさに大軍を指揮する者の風格を漂わせながら集まった者たちを見据えて話し始めた。
「ハンブルグ侯爵エルザから知らせが入った。ハイデンブルグ伯爵家を筆頭に領主軍七万が進軍する準備に入ったと。帝都に展開中の騎士団が南部に移動して防備が手薄になった時を狙うとのことだ」
「だがもうすぐ帝都ではテレージア皇妃陛下の生誕祭が開かれる頃だ。警備はさらに厳重になるはずだろう?」
エイミーの言葉に疑問の声を上げたのはアレクシスだった。生誕祭が帝都で開かれるこの時期は、各地から応援の騎士がやって来るのである。
そんな当然の疑問に対して答えたのはフランツとリヒャルダだった。
「残念ですが今年は応援の騎士は来ませんよ」
「戦争の影響を考慮した両陛下が護衛の派遣を拒否した。今年は親衛騎士隊と近衛騎士隊が帝都内の警備を行い、帝都駐留騎士隊が帝都周辺の警備に当たる。七万で侵攻されたらとても太刀打ち出来ないだろうな」
「母上は生誕祭自体を中止しても良いと言われたのですが、戦争で暗い雰囲気になった国内の空気を変えるためにも必要だと五大貴族の方々が中止に反対された結果こうなりました」
二人に続きディアーナが発言すると、アレクシスは当の本人であるテレージアに視線を向けた。その本人はお茶目な表情を浮かべるだけで何も言うことは無かった。
「つまり敵は帝都の警備が手薄になる時期を見計らって叛乱を起こすと。確かに良く出来た計画だが、こちらに筒抜けではな」
「それでどうするつもりです?」
挙兵するという以上、もはやそれを鎮圧する以外にそれを止める方法は無いのである。問題なのはその方法である。
「こちらが動員出来る戦力は十五万。力で叩き潰すのは簡単だが、正面に展開していると分かれば向かってはこないはずだ。だからここは敵を罠に掛ける。予定通り騎士隊は南部に移動するという情報をリゼール様に流してもらってな」
そこまで告げたエイミーは立ち上がるとテーブルに置かれた地図を見据えて声を張り上げた。
「叛乱軍は帝都東部の平原アガレストで迎え撃つ。それに先駆けて親衛騎士隊と近衛騎士隊にはハイデンブルグ伯爵領に向かってもらう。アガレスト平原で勝利を得ても海の騎士団が残るのは厄介だ。領主が出陣した後、両騎士隊には迅速に港を制圧して軍艦を押さえてもらう。指揮官にはテレージア騎士長が」
「仰せのままに」
敵の本拠地に向かえと告げるエイミーに、テレージアは動じることも無く簡単にその任務を引き受けたが他の二人は困惑気味だった。敵地に向かうだけでも危険なのに、さらに軍艦まで制圧する必要があるのだ。皇妃であるテレージアを守りながらである。
「戦場では守ってもらう必要はないわ。私にも相棒が出来たことですしね」
「あくまで戦場での相棒ですよ~。私はお姉様以外には愛を注ぎませんので~」
不敬にもテレージアの膝に座るフレイヤだが、言葉とは違い明らかに彼女に懐いていた。そんな様子にエイミーは真面目な表情で言葉を吐き出した。
「冗談はさておき、契約した以上はしっかりと守りなさい。こんなくだらない戦いで命を落としてもつまらないからな」
「……分かっていますお姉様。必ず守り通して見せます。五大精霊の名に懸けて」
フレイヤが真面目な顔で答えると、それに満足したエイミーは作戦の詳細をさらに細かく指示した。
「以上が鎮圧作戦だ。理解していると思うが叛乱を扇動する貴族連中を捕えるのが目的だ。叛乱軍の殲滅はどうにもならない時の最後の手段。なるべく被害は出さないことが一番望ましい」
エイミーの言葉にその場にいた誰もが同意を示した。復興に進み始めた帝国が真に復興出来るかどうかは、全てこの戦いの結果に懸かっているのである。それを誰もが理解していたのであった。
「分かった様なら戦闘準備に入れ。私は陛下へ報告して来る」
最後にそう指示を出したエイミーはそのまま天幕をあとにして宮殿へと向かって歩き出したのだが、その途中で足を止めた。彼女の視線の先にいたのはリサと戯れるライアンの姿であった。
「楽しそうねリサ」
「こ、これはエイミー様。変なところをお見せしました」
「ライアンと遊んでいたのでしょう? 別に構わないわ。最近は私も忙しくて相手をしている時間が無いから彼女も喜ぶわ」
尻尾を振って駆け寄って来たライアンの頭を優しげな瞳を向けながら撫でるエイミー。そんな彼女を無言で眺めていたリサだったが、やがて疑問に思っていたことを口にしたのだった。
「エイミー様は……もしかしてエミリア様の末裔でしょうか?」
「何でそう思うのかしら?」
平原に座り込みライアンを撫で回すエイミーは表情一つ変えずに質問を返した。
「創世の騎士……騎士女王とも呼ばれるエミリア・ロザンヌ様は、我々亜人族にとっては女神アスタロト様と同じくらい敬愛すべき存在です。彼女は長く美しいブロンドの髪を靡かせて、澄み渡るような青い瞳で戦場を見渡したそうです。そして騎士としては珍しく軽装備の鎧で、腰には大陸では珍しい刀と呼ばれる武器を吊るしていたそうです。何よりも驚きべきことは、その魔力が桁外れだったと」
「確かエルフは相手の内包する魔力が見えるのだったわね。それで……私の内包魔力はそんなに桁外れなのかしら?」
手を止めたエイミーがリサに視線を向けると、彼女は一歩だけ後ずさってそれに答えた。
「今は違いますが……常人とは色が違います。どこまでも漆黒の魔力。それは継承者のみが使用できる女神の力と同じです」
「なるほど。それで私がエミリアの末裔だと分かったらどうするつもりなの?」
エイミーの正体を知りたがるリサに質問すると、彼女は少しだけ躊躇ってからその願いを口にしたのだった。
「その……御迷惑でなければ握手を」
「…………はい?」
予想の斜め上の答えに間抜けな声を上げてしまったエイミーだったが、リサがどこまでも真面目な顔を向けているので仕方なくそれに答えることにした。
「えっと……これでいいのかしら?」
右手を差し出したエイミーを見て、リサは目を輝かせながら自分の右手を動かしてその手を握った。
(何が嬉しいのかしら? 良く分からないわ)
エイミーは知らなかったが、亜人族にはある伝承が伝わっていた。その伝承とは女神の力を宿す継承者と握手をすると幸運を得るというものであった。
まさに眉唾ものの話ではあるが、エミリアと握手を交わした亜人族たちが創世戦争を全員生き延びているので嘘とも言いきれなかったのであった。
「えっと、私は用事があるからこれで」
「はい。ありがとうございました」
何となく釈然としないモヤモヤとした気持ちを抱えながらリサと分かれたエイミーは、そのままライアンを連れて本来の目的である宮殿へと歩きだしたのだった。




