忠義を尽くす者たち
『エイミー・ベンフォードの改革案を受け入れる。各領主たちは迅速に領主軍の削減を進めて、帝国騎士団の再建に力を尽くせ』
紛糾した帝国会議。その場を最終的に治めたのは皇帝ヘルムフリートの言葉であったが、それは一時的なものでしかなかった。その決定に多くの貴族が反対して、皇帝に対して叛旗を翻すような発言まで行ったのである。
「また面会……本当に面倒ね」
両親の追放によってハンブルグ侯爵領の領主となったエルザ・バクスターは、相次ぐ貴族の面会に正直ウンザリしていた。
「それで……次は誰なの一体?」
「東部最大の領主ハイデンブルグ伯爵です」
「ハイデンブルグ……エルナの実家ね。通して頂戴」
同期であるエルナの実家と聞いたエルザは、盛大なため息を吐いてからメイド長に部屋に通すよう告げた。まさか彼までやって来るとは思っていなかったからである。
そして部屋に入って来たハイデンブルグ伯爵は、世間話をすることも無くすぐに本題を話し始めたのだった。
「あの改革案は私たちが長い年月を掛けて育て上げた『海の騎士団』を取り上げようというものだ。エイミー・ベンフォード……奴は傲慢だ。そしてその提案を受け入れる陛下は暴君でしかない」
(それが娘の恩人に対して投げ掛ける言葉なの? 恥知らずな父親ね)
王国軍によって捕えられていた娘を助け出したエイミーに対して恩を感じることはあっても、敵意を持つことなど本来ならあり得ない。あまりに身勝手な言動にエルザは不快感を怯えながらも、表面上は笑顔を見せながら耳を傾け続けた。
「君は先の会議で最後まで改革案に賛成を投じなかった。つまりそういう事なのだろ?」
「仰りたいことが私には分かりかねます。私は慎重に議論すべきだと考え、賛成を投じなかっただけです」
「だがもはや決定は下されたのだ。手を拱いていたら本当に取り返しのつかないことになるぞ」
領主軍の制限を盛り込んだ改革案。それがどうしても受け入れられないハイデンブルグ伯爵は、最後に決意に満ちた瞳をエルザに向けた。
「……私にどうしろと仰るのですか?」
「この国を守るために、我々の先頭に立ってもらいたいのだ。ベンフォード家に対抗出来るのは、もはやバクスター家しかいないのだ」
国を守る。それを聞いたエルザは思わず鼻で笑いそうになった。彼らが必死になって守りたいのは国では無く自分たちの権益なのだ。そしてそれは帝国に侵攻してきた王国軍の連中と何も変わらない行為でもある。
(まさに国を蝕む害虫ね。戦争を経ても変わらないとは)
戦争に巻き込まれた以上、もはやアグリジェント大陸の動乱とは無関係ではいられないのである。しかも得体の知れない連中まで暗躍している始末なのだ。変わることは絶対に必要なのである。
「先頭に立てと言われましたが、賛同を得られるのでしょうか? 何せただ反対するのとは違うのです」
「その点は心配ない。すでに多くの貴族が味方すると約束している」
「……すぐに返答は出来かねます。一日だけ時間を下さい」
「分かりました。良い返事をお願いします。この国の未来のためにも」
絶対的な自信に満ちたハイデンブルグ伯爵が去ったあと、エルザはそばに置いていた剣を手に取り鞘から抜いた。それはバクスター家が代々受け継いできた家宝の剣であり、継承戦争で時の皇帝からその働きの褒美として与えられた剣であった。
「まさか『報国の騎士』の名を持つ者が叛乱に加担すると思われるとは……随分とバクスター家も舐められたものですね」
最初から皇帝ヘルムフリートを裏切るつもりは無い。そして今は両親の仇を討つためエイミーにその剣を捧げると誓ったエルザは怒りを感じながらも、頭の中でどう彼らを欺くかと策を巡らせるのだった。
一方その頃、別の貴族の屋敷では夫婦の喧嘩が勃発していた。
「あなたは何を迷っておられるのですか? 帝国貴族として国のため、陛下のために尽くすことは当然でございましょ?」
「し、しかし……ハイデンブルグ伯爵から強い要請があってな」
「ハイデンブルグ? あのベスラー家ですか……」
夫の煮え切らない態度に我慢の限界を超えた夫人は、息を大きく吸い込むと声を荒げテーブルを勢い良く叩いた。それには控えていたメイドたちも思わず体を震わせたのだった。
「いい加減になさいっ! あなたは自分の代で御家を潰すおつもりですか?」
「め、滅多なことを言うものではないぞ」
「何を悠長なことを。お忘れなのですか? すでにカルヴァート家でさえ取り潰されたのですよ? あの五大貴族の一角がです。しかもレアーヌ王国との戦争に勝利した今、民は陛下に絶対的な信頼を寄せているのです。あなたは民すらも敵に回すおつもりなのですか?」
敗戦瀬戸際の帝国を勝利に導いた皇帝の手腕に、民は絶対的な信頼を寄せているのである。それに問題はそれだけでは無かった。
「何よりも陛下の下には帝国を勝利に導いた英雄達が集っております。叛乱を起こして勝利するなど不可能です。どうしてもハイデンブルグ伯爵と行動を共にすると仰るのなら――――」
「実家に帰るとでも?」
夫がようやく口を開いて反撃を試みたが、それは妻の怒りをさらに高めるだけだった。
「馬鹿にしているのですか? 私は元はマンハイム侯爵ベスター家の娘です。嫁いだ先が叛乱を起こすというのなら潔く自害させていただきます。夫の暴挙を止められない妻に生きる価値などありませんから」
呆ける夫を無視した夫人はそのまま壁に飾られていた短剣を手にすると、鞘から抜いて夫に対してどちらの道を選ぶのか迫った。
「選びなさい。叛逆を起こして全てを失うか。それとも帝国貴族としての責任を今こそ果たすのか。それが決められるまで私の部屋には一切近付かないで下さい。仮に選ぶ前に一歩でも入って来たら、その時は自害させていただきます。もちろん嘘も行けません」
それだけ告げた夫人は最後にメイドたちを見回すと、彼女たちにも威厳ある態度で指示を出したのだった。夫が決断するまでは仕えなくて結構ですと。
◆帝都ザクセンハルト◆
「……海の騎士団のハイデンブルグか。貴女は実家が叛乱に加担したらどうするつもりなの?」
エルザからの報告を受けたエイミーは、休息を兼ねたお茶会の席にエルナを読んでそんな質問を正面からぶつけた。問われたエルナは特に考える素振りも見せずに答えた。
「私はエイミー様に剣を捧げた身です。それに実家からは縁を切られました。『穢れた娘はいらん』とのことです」
「それが命を懸けた娘に対する言葉とは……なんと愚かな人間だ。いや、済まないエルナ」
自虐的な台詞を聞いたディアーナは罵るような言葉を発してから、その発言がまずいと気付いてすぐに謝罪を口にした。だがエルナは静かに笑うだけだった。
「殿下に心配していただけるだけで光栄です。それに私も縁を切れて良かったと思っています。戦争に参加せず帝国貴族の義務を放棄した実家にはいたいとも思いません」
本心からそう告げたエルナは、晴々とした表情を浮かべた。
「私は帝国騎士として生きて行ければ十分です。エイミー様が絶望の淵にいた私に仰ってくれたように」
「分かったわ。なら後悔はさせない」
何となく気恥ずかしさを覚えたエイミーはティーカップで顔を隠しながらそれに答えた。
「責任重大ね」
「茶化さないでよ全く。それにしても予想していたよりも多いわね」
話題を変えたエイミーの言葉に、ディアーナはテーブルに置かれた報告書に目を通しながらそれに答えた。エルザが纏めた資料によって、叛乱の意思がある貴族の名前が明らかになったのである。
「東部最大の領主ハイデンブルグ伯爵に五大貴族ハンブルグ侯爵。これだけでも厄介だわ。最終的には十万を超えるかもしれないわね」
「でもこっちは帝国騎士団と帝国軍を合わせて三十万を超えるわよ」
「帝国軍の大半は動かせないわ。それに騎士団も再編途中よ。叛乱鎮圧に投入出来るのは最高でも十五万程度でしょうね。でもその様な事態だけは避けたいわ」
十万単位の軍勢が衝突すればそれこそ死傷者は膨大なものとなる。仮にそんなことになれば改革どころの騒ぎでは無くなってしまう。勝利を得ようとも民の心は二分されてしまうからである。
「私たちの前に立ちはだかる障害は見た目以上に高い。これからも油断は出来ないわ」
作戦通りに進んでいるとはいえ、これからも慎重に事を進めることに変わりない。それを二人に告げたエイミーは紅茶を飲み干すと椅子から立ち上がった。
「休憩を終わりましょう。やることはまだまだ多いわ」
来るべき時は近い。その時に困らないよう、エイミーはこれからも最善を尽くすのだった。




