騎士学校の設立にむけて
「ヘスティア騎士隊はそのまま前進。敵中央を突破せよ」
「アルテミス騎士隊前へ。ヘスティア騎士隊の前進を食い止めろっ! アテナ騎士隊は側面を突け!」
「アテナ騎士隊の突破を許すな。ヘスティア騎士隊を絶対に守り抜け」
帝都西部――――ブラムスと新たに名付けられた場所から少しだけ離れた場所ではまさに激闘が繰り広げられていた。ただし激闘とはいってもそれは殺し合いでは無く大規模な模擬戦であった。
「良く見ておけ新人共。これが帝国を勝利に導いた英雄たちの戦闘だ」
帝国騎士団副団長に就任したアレクシスは、高い位置から戦闘を眺める新人たちにそんな声を掛けた。しかしそんな言葉は新人たちには必要無かった。そこで繰り広げられる模擬戦に誰もが釘付けだったのである。
「すげぇ。これが模擬戦かよ」
「殆ど実戦じゃないか」
「私……騎士としてやって行けるのかなぁ」
平原で繰り広げられる模擬戦。それはまさに実戦と見間違えるほど激しいものであり、新人騎士たちの半分はその壮絶な模擬戦に顔色を悪くしていた。
「大規模な戦闘では隊の連携が勝敗を分ける。あそこを見てみろ。連携を忘れて追撃に逸った結果、逆に包囲されてしまった。これが実戦なら彼らは戦死だ」
側面を突こうとしたアテナ騎士隊の攻勢を防いでいたマステマ騎士隊は、しばらくすると相手が後退し始めた事により隊列に乱れが生じた。一部の者が功を焦り命令を待たずに追撃してしまったのである。だがその後退は相手をおびき出す策であり、すぐに反転したアテナ騎士隊によって完全に包囲されてしまったのである。
「彼らのせいで一気に側面が崩れるぞ。よく見ておけ」
マステマ騎士隊が崩れた隊列を立て直そうとするが、その時間を指揮官である帝国騎士団長エイミー・ベンフォードが見逃すはずは無かった。ここが勝負所と判断した彼女は一気に本隊による突撃を敢行したのである。
「優秀な指揮官は一瞬のスキを見逃さない。忘れるな。一人のミスが隊を壊滅に追い込むことをな」
時間にすれば本当に僅かな時間でしかなかった。だがそのスキを見逃さなかったエイミーの騎乗突撃によってマステマ騎士隊は側面を突破されてしまったのである。
「こうなれば正面と側面から襲われたヘスティア騎士隊はどうする事も出来ない」
アルテミス騎士隊との戦闘を繰り広げていたヘスティア騎士隊は、その言葉通りあっという間に追い詰められていった。そして膠着していた戦闘は、本当に僅かな綻びによって一気に終焉へと向かっていったのである。
「敵指揮官ディアーナ・ハウゼンを討ち取った。この模擬戦は我々の勝利だっ!」
迅速な行動によって本陣まで詰め寄ったエイミーは向かって来たディアーナをランスによって馬上から突き落として勝利を宣言したのだった。その瞬間、エイミーたちアルテミス・アテナ連合騎士隊から勝ち鬨が上がったのであった。
「今回の模擬戦はこれで終了だ。だが実戦ではここに魔法が加わり、さらにあらゆる兵器も投入されるフロストでのカタパルトやバリスタ。バーデンでの大砲もそうだ。これで顔を青くしているようでは、実戦には耐えられん。今から覚悟しておけ」
実戦はこれ以上だと告げるアレクシスの言葉に、新人騎士たちはさらに顔色を悪くして勝利に沸き立つ騎士たちを眺めるしかなかった。
「やはり新設された騎士隊で経験豊富な騎士隊を止めるのは無理だったわ」
「でもディーの指揮能力には驚かされたわ。正直、あのまま崩れなかったらこっちが危なかった。ヘスティア騎士隊の戦闘能力は凄まじいもの。時間が掛かればこっちの正面が崩れたでしょうね」
馬から落とされたことにより全身が痛むディアーナが顔を顰めながら模擬戦の感想を告げると、エイミーも正直に思った事を告げた。
「ヘスティア騎士隊は本当に恐ろしいわ。バーデン平原での戦闘が初めての対人戦闘とは思えないもの」
多くの実戦と経験を積んで精鋭となったアルテミス・アテナ両騎士隊とは違い、ヘスティア騎士隊の対人戦闘は決戦の一度だけしかない。だがヘスティア騎士隊は名実共に帝国最強の騎士隊として君臨しているのである。
「何でも決戦で母に最前線を任せたことを後悔しているみたいで、連日猛訓練を行っているらしいわ」
「へぇ。最強の座に満足せずにさらに上を目指すなんて」
ディアーナの話を聞いて少し驚いた様な表情を見せたエイミーは、その視線をヘスティア騎士隊へと向けた。彼らは模擬戦の反省をしているらしく、真剣な表情で語り合っていた。
「ヘスティア騎士隊は魔獣討伐を生業にしていた騎士隊。母から聞いたけど、守れないことも沢山あったらしいわ。だから強くあれと厳しい訓練を続けているのだと」
「この国は本当に恵まれているわ。上に立つ者が命の重さを知っているのだから」
強大な力を持つ者の多くはその力を行使したがるものである。それはこのアグリジェント大陸に目を向ければ簡単に理解出来る事であった。
ロシュエルにフロレス。レアーヌにビトリア。五大国に数えられる大国は覇権を競い、日々争いを繰り広げているのだから。
「帝国の軍事力と経済力を以てすれば、大陸の半分は確実に支配できる。普通の指導者なら間違いなく行動するでしょうね」
「……レアーヌの王太子みないな奴の事?」
大陸の情勢に疎いディアーナが知る指導者はレアーヌくらいのものである。そんな彼女の言葉に、エイミーはわざとらしく肩を大きく竦めて見せた。
「レアーヌはあれでもまだマシな部類よ。一応、戦争を選ぶ国だからね。まぁ今回はどうも違ったみたいだけど」
講和会議でのレアーヌ国王の様子やアルフォンスとの会話から、やはり戦争が仕組まれたものだと実感したエイミーは、最後にそんな言葉を付け足した。
「ならアグリジェント大陸の動乱はまだまだ続くというわけね」
「続く……いえ、激しくなるのよ。だからこそこの帝国には立ち直ってもらう必要があるわ。長きに渡る争いの連鎖を断ち切るためにもね」
胸に秘めた思いを言葉にしたエイミーは、アレクシスの横に並ぶ新人騎士たちを見据えた。
「でもその為には犠牲が必要になる。本当に多くの犠牲が」
「犠牲を最小限に押さえる為にも、私も全力で職務を遂行するわ」
ブラムスに建設される帝国騎士学校の責任者に就任することが決まっているディアーナは、エイミーと同じように新人騎士たちに視線送った。実戦に絶対は無い。そこにいる何人かは確実に命を落とすことになるのである。
「私の責任は重大ね」
そんな言葉を真剣な顔で呟いたディアーナ。そんな彼女の横顔を優しげな瞳で見つめるエイミーは、やはり彼女に任せて正解だったと感じていた。
「しかし戦争が終わって本当に良かったわ。正直、ベンフォード家の資産も結構厳しくなってたのよ」
模擬戦終了後、ブラムスで進められる街の建築現場に向かったエイミーは、そこでエリノアと合流したのである。
「その割にはここブラムス建設の最大の出資者ですよね。随分とベンフォード家は貯め込んでいたのですね」
帝国の南北に合わせて派兵するだけでも大きな出費であるが、ベンフォード家はさらに再建にまで手を出しているのである。その額はもはや巨額なものになりつつあり、エイミーは思わず不正でも行っていたのでは無いかと思っていた。
「生憎だけど不正など行っていないわよ? 使う暇が無かっただけ。元々、あまり贅沢するのも好きではないから」
「確かに五大貴族という割には質素ですものね」
確かにエリノアの服は質素な物が多く着飾ることもしない。そして貴族にありがちな宝石類を買い込むこともしない人間だった。
「しかし一体何を考えてここに投資したのですか?」
特に頼んだわけでは無かったエイミーは、最初にエリノアが投資すると聞いた時には随分と驚いたものであった。だからその質問をぶつけてみたのである。
「ベンフォード家の財政が厳しくなってきたと言ったでしょ? 私は領主軍を削減しようと思っているのよ。復興には人手がいる。だから削減した人員をそこに充てるつもりなのよ」
「領地の防衛はどうするつもりなのです?」
「そのためにブラムスに投資したのよ。帝国騎士団が再建されれば強大な軍は必要ないわ。そもそも領主に必要なのは治安を守るための兵だけで十分なのよ」
エリノアの考えが自分と同じだと知ったエイミーはその行動を利用しようと思い、エリノアにある計画を小さな声で告げたのだった。
「……ふふふ。それは随分と面白そうですね」
その計画を聞いたエリノアは年相応の笑顔をエイミーに向けていた。だから周囲でその姿を見ていた職人たちは、まさかその二人が悪だくみをしているとは思っていなかった。




