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アグリジェント戦記  作者: 黒いたぬき
帝国改革編
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改革に向けて

「帝国の問題は騎士の育成が基本的に各隊に任されていること。命令系統が複雑過ぎて迅速な行動が取れないこと。軍が効率的に配備されていないこと。騎士団と帝国軍の連携が執れていないことでしょうね」


 宮殿にあるディアーナの私室。そこで帝国の問題点を紙に書きながら言葉にしていたエイミーは、羽ペンを置くと急に腕を組んだ。


「それにしても……ディーも意外と乙女なのね」


 私室の隅々まで目を配ったエイミーが発した言葉。それを聞いたディアーナは心外だと言わんばかりに頬を膨らませてみせた。


「意外とは失礼ね。私だって女です。私室くらいはこんな感じでもいいでしょう」

「別に悪いとは言ってないじゃない」


 ディアーナの部屋はとても騎士として功績を上げた人間とは思えないほど女の子らしい部屋であり、部屋の色合いや可愛らしい小物の数々がそれを象徴していた。


「私の部屋とは大違い」


 ベンフォード家にあるエイミーの私室はまさにこれとは対照的であった。何せ私室にあるのはステラ侯爵領で見つけた武器ばかりである。主に剣を扱う彼女だがそれ以外の武器の鍛練も怠らない。その結果、武器ばかりが増えていってしまったのである。


「そんなんじゃ結婚できないわよ?」

「私の体を見ても結婚したいなんていう物好きがいるとは思えないけど」


 望むような男がいるはずがない。そんな言葉を口にするエイミーに、ディアーナは正直言って呆れていた。帝国男性騎士の多くは、彼女の傷を知ってもお近付きになりたいと思っているのだ。


(強くて美しい。彼女はまさしく武を誉れとする帝国騎士そのもの。当然よね)


 仮にエイミーがその傷を恥じていれば結果は違ったかもしれない。だが彼女はその傷を誇りとしていると語っており、戦争を戦った帝国騎士たちはそんな彼女を慕っているのだ。


「……まぁそんな話より今は帝国よ。話を戻しましょう」


 深く考えることを放棄したエイミーが強引に話題の転換を図るのを見て、ディアーナもその話を止めることにした。確かにいま重要なのは自分たちの将来では無く帝国の将来だからである。


「新人騎士の育成は確かに各隊に任されているわ。隊によって訓練内容は間違いなく異なるわ」

「それで一番困るの今回の様な場合よ。隊が独立して動いている時は問題は無いけれど、隊同士で連携を行う必要がある時や戦場で再編を行う時には弊害が出る。やはり新人騎士は一か所で纏めて訓練すべきだわ」


 当然ながら実力が違う者同士で連携するのは困難を極める。それは多くの戦いでエイミーが感じたことであり、ディアーナも漠然としながらもそう思っていた。


「それと各地に駐屯する騎士隊には制約が多すぎるわ。帝国騎士団長からの命令か領主の命令が無ければ駐屯地から動けない。もう少し各騎士隊の権限を強化すべきね」

「確かにそれは改善するべきだと私も思うわ。蛮族の被害は、騎士隊がもう少し自由に動けていれば防げたはずだものね」

「領主があの豚みたいな役立たずでは話にならないからね」


 蛮族の北部侵攻に際して騎士隊は迅速に行動することが出来なかった。もちろん話を聞いた騎士隊はすぐに戦う準備を整えたが、それを領主が自らの力を誇示するために許さなかったのである。

 仮に騎士隊が迅速に行動出来ていれば全てとは言わないが、もう少し北部の被害を抑えられたはずなのである。ちなみに、エイミーが豚と称したエルスト子爵はすでに領地を没収されており、今は帝都の監獄に収容中であった。


「それと帝国軍は解体。領主軍は戦力を制限すべきだと思うわ」

「……どういうこと?」


 全く予想していなかったエイミーの話に、ディアーナは当然ながら疑問の声を上げた。軍の再建を行うはずが、いきなり解体と制限である。疑問を抱くのは当然だった。


「帝国軍の役割は騎士団と同じよ。同じ組織が二つもある意味は無いのだから、一つに纏めた方が効率的だわ。それと領主軍だけど戦力を保持することによってその権益を守ってきた。だがそれが国にとって害となっている今、それを認めるわけにはいかない」

「でもそれは貴族たちの反感を買うわ」

「領主軍は領内の治安維持を行えるだけでの戦力で十分よ。少しでも賢い者なら分かるはずよ? 膨大な戦力を維持して金を消費するよりも、それを領内の整備に投資した方がより自分のためになるとね」


 話を聞けば理解は出来るが、それでもディアーナは不安を覚えた。何せ軍事力の大半を皇帝が掌握することになり、貴族たちはそれに対抗する術が無くなるのだから。だがエイミーはその対策も考えていた。


「軍を動かす際の具体的な法を作ればいいのよ。何が叛逆に当たり、何をすれば攻撃されるのか。また強大な権限を握る以上、皇帝の権力にも一定の制限が必要になるでしょう。例えば税を重くする場合、帝国貴族半数の同意が必要だとか。軍を動かすには五大貴族の過半数の同意がいるとか」

「戦力を奪う代わりに皇帝の権力にも制限を掛ける……なるほど。それならある程度の同意は得られるかもしれないわね」


 奪う代わりに与える。そう告げるエイミーにディアーナは小さく頷いて見せた。一方的な制限では無いのだから確かに貴族も納得しやすいはずである。


「領主軍の制限は分かったわ。でも帝国軍の解体は? 確かに同じ組織は一つで十分だと思うけど、いきなり解体したら失業者で溢れてしまうわ」

「新たに国境警備隊を組織しようと思うわ。主に北部蛮族と南部のレアーヌに対する備えね。帝国軍の半数を国境警備隊と帝国騎士団に。残る半数は復興事業にでも回しましょう。少なくとも当面の生活には困らないはずよ」

「復興事業が完了する前に職を探せというわけね」

「全ての人の面倒は見きれないもの。それに戦争を経験した今、逃げ出したい者もいるはずよ。これは最後の機会よ。軍に残るか。それとも普通の生活に戻るかのね」


 戦争終結後、騎士の中にも精神的におかしくなった人間は何人かいた。人を殺すのが戦争であり、殺されるかもしれないのが戦場である。その恐怖は途方もないものである。

 実際にディアーナも何度か悪夢にうなされ夜中に目覚めた経験があり、決してそれを馬鹿にしたりは出来なかった。死ぬか生きるかの戦場は、簡単に人の心を破壊するのである。


「半数も残ればきっといい方だと私は思っているわ」


 きっと半数も残らない。何気なく呟いたエイミーの言葉を聞いてディアーナはそう思った。誰だって死にたくは無い。解放されるというのであれば誰だって喜んでそれに飛び付く。


「まぁとにかく、今のが再建に向けた私の考えね。何か反対意見はあるディー」

「そうね。私は特に無いけど、とりあえず五大貴族の方々に意見を聞いてみたら? あの人たちの賛成が得られないと始まらないからね」

「分かったわ。早いうちに意見を聞いてみるわ」


 話の内容に満足したエイミーは、大きく体を反らして固まった筋肉を動かしながら思わず言葉を発していた。


「どうも最近、疲れが取れないのよね。まだまだやることは多いのに困るわ」

「確かに分かるわ。私も最近は朝起きるのが辛いもの」


 帝国騎士団長として激務をこなすエイミーとそれを補佐しているディアーナは、他の人間から見れば確かに働き過ぎであった。最近だけでも停戦交渉に講和会議。凱旋式に戦勝パーティー。そして軍の再建などを行っているのだ。

 そしてエイミーの場合、私用で大陸中央部の情勢を調べてはその対策を練っていた。これでは疲れない方がおかしいというものである。


「僭越ながら湯に浸かり疲れを癒されてはいかがでしょうか? 良ければその後にマッサージでも」


 部屋の隅に控えていたメイドの言葉を聞いて二人は互いに顔を見合わせた。


「……そうね。ではお願いしようかしら」

「エイミーにしては珍しい発言ね」

「疲れが溜まって倒れたでは笑えないわ。私は一度それをやってしまっているしね」


 かつて倒れた事があるエイミーは自虐的に答えたが、ディアーナはそんなエイミーを軽く諌めた。それは彼女に頼りきった事が原因でもあったのだ。


「それにしても本当に疲れたわ。今日くらいは早く寝ましょうか」

「それもそうね。明日も明後日も、やることは山積みだものね」


 ほぼ同時に立ち上がった二人は部屋から出ようとしたが、一瞬だけ立ち止まったエイミーは振り返って声を上げた。


「ライアンおいで。綺麗にしてあげるわ」

「ちょっと、まさか一緒に入れるつもりなの?」

「だって広いじゃない」

「えっと……魔獣とはいえオスを入れるのはちょっと」


 魔獣とはいえ少しばかり抵抗があるディアーナだったが、その言葉を聞いたエイミーは不思議そうな顔をして事実を告げた。


「勘違いしているみたいだけどライアンはメスよ。れっきとした女の子よ」

「へ? 本当に?」

「嘘ついてどうするのよ」


 駆け寄って来たライアンを撫でながらそう告げるエイミーは、ディアーナを見ると意地の悪い笑みを浮かべて見せた。


「貴女も洗ってあげてね。何せ懐いているのだから」

「分かったわよ。さっさと行きましょう」

「やったねライアン。良し行くぞ。走れ」


 時折り見せる無邪気な笑顔には敵わない。ディアーナはそんな事を考えながらはしゃぐエイミーとライアンのあとを追って行ったのだった。



 

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