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アグリジェント戦記  作者: 黒いたぬき
帝国改革編
102/173

精霊と契約

「では精霊との契約について教えましょうか」


 戦争も終わり少しばかり休息の時を得たエイミーは、相談されていた案件を実行に移すことにした。


「精霊と契約するとその属性に応じた魔法の威力が大幅に上がる。魔法を使用する際の魔力消費が減る。いつでも契約した精霊が呼び出せるといった利点がある。ただし契約した数週間は総じて魔法が一切使えないという欠点もあるわ。あと人によっては加護を受けられる場合があるわね」

「加護?」


 聞きなれない言葉に首を傾げたミリアムに、エイミーは笑みを浮かべながら話を続けた。


「加護とは契約した精霊属性の守りを日常的に受ける効果のことよ。加護を受けられるかどうかは、契約してみないと分からないけど」

「意外とその辺りは適当なのですね」

「まぁその辺りの事に関しては詳しくは解明されていません。調べようとした人もいなかったから。あくまでも気まぐれな女神からの贈り物として考えておいて下さい」


 テレージアが微笑みながら文句を告げるとエイミーは申し訳なさそうな表情でそれに答えたが、すぐに気を取り直して話を進めた。


「というわけで契約すると多くの利益を得られるわ。では面倒だからさっさと始めましょう。最初に契約を行いたい人はいるかしら」


 説明することが無くなったエイミーがそんな言葉を投げかけると、すぐにディアーナが手を上げた。彼女が一番この契約に乗り気だったのだからその反応も当然であった。


「じゃあディーからね。契約は単純よ。ただ欲せばいいわ。精霊の力が欲しいと。そうすれば貴女にあった精霊がやって来るわ。ディーだと多分……水の精霊かしらね」

「水の精霊……分かりました。やってみます」


 少し考えてそう告げたエイミーに、デイアーナはそう答えると静かに目を瞑って心の中で強く願い始めた。


(世界を見守る精霊よ 我が願いに答えて現世に姿を現せ 私は願う 絶対の力を)


 しばらくの間その場は無言に包まれていたが、その異変にミリアムが気付く。そして他の者たちもすぐにそれに気付いたのである。


「空気が……」

「寒い」


 太陽の光が降り注ぐはずの訓練場だが、明らかに先程よりも気温が下がっていったのである。そしていつの間にか目に見える程の魔力が集まり始めていたのである。


(これは……ディーの願いに答えている精霊は大精霊なの?)


 この変化を見てエイミーは心の中で非常に驚いていた。大精霊が現れるなど考えてもいなかったからである。だがすぐにエイミーは理解した。彼女は一度、その力を蛮族との戦いで行使していたのだから。


(私は彼女と共に歩きたい。だから力を貸して頂戴……水の大精霊『竜王ティアマト』その絶対の力をこの手に貸して頂戴)


 ディアーナが心の底から願った次の瞬間、集まった魔力は眩い光を放った。そして光が収まると、その場にいた殆どが目を見開いて硬直してしまったのである。


「「……あぅ……」」


 何も言えないミリアムとマルガレータは、口を開けたり閉じたりしながらそれを見つめていた。


「さすがに魔獣討伐で名を馳せたとはいえこれとは戦った事がないわ。勝てるかしらね」


 一方のテレージアはなぜか戦うことが前提の発言を行い、エイミーは思わずそれを止めていた。なぜだか彼女なら本当にやりかねないと思ったからである。


「止めてくださいね。これは水の大精霊『竜王ティアマト』ですから」

「あら。水の大精霊はドラゴンだったのですね」


 テレージアは目の前の大精霊を眺めながら、感心するような口調で言葉を発した。そう、目の前に現れたのは体長十メートルを超える凶暴そうなドラゴンだったのである。だがそのドラゴンはテレージアの発言を聞くと大きな声を上げた。


「あははは。私の姿を見て戦おうとする人間がまだいたとはこれは面白い。現世もまだまだ捨てたものでは無いわね」

「え~と、何でドラゴンの姿で現れたの? 普通なら逃げ出しているわよ」


 ティアマトの高笑いと言葉に心の底から呆れたエイミーの質問に、ティアマトは平然と驚かすためと答えたのだった。


「早く小さくなってくれない?」

「創世の騎士ともあろう者が小さいことに拘るとは。まぁ仕方が無いわね」


 エイミーの小言を聞きいれたティアマトは、すぐにその体を人型へと変化させた。


「あらフレイヤ。貴女も現世にいるのですね。誰かと契約したの?」

「これはこれはお久しぶりですティアマト様。今のところは私は遊び歩いているだけですよ~」

「相変わらずね。しかし呼ばれて来てみれば……」


 ドラゴンの姿から水色の髪を靡かせる美女に変身したティアマトは、自身を呼び出したディアーナの体をじっくりと眺め始めた。


「な……なに?」


 あまりに真剣な目で見つめて来るティアマトに、ディアーナは思わず一歩後退りながら言葉を発した。正直怖すぎたのである。


「あ、ごめんなさいね。こんな綺麗な色の魔力を持つ人間を見たのは久しぶりで」

「確かに帝国の方々の魔力は綺麗ですね~。まぁ総じて魔力量の高い人間は綺麗な色ですがね~」

「そうね。まぁその中にはムカつく奴もいるけど」


 どこか遠くを見る様な目でそんな言葉を吐き出したエイミーにディアーナたちは首を捻ったが、その答えを知ることは出来なかった。咳払いしたエイミーがすぐに話題を戻したからである。


「そんなことより気に入ったのなら早く契約して頂戴。私たちは他にもやることが多いのよ」

「仕方が無いわね。まぁ契約すれば嫌でも会えますからね。では本当に宜しいですか?」


 契約の最終確認を行うティアマトを見てディアーナは躊躇うことなく頷いた。守るためには力が必要であり、戦争を体験した今、もはや迷うことなど何もないのだ。


「〈今ここに誓う 女神アスタロトの娘として汝とここに契約を結ぶ事を 我は与えよう 未来を切り開く絶対の力を あらゆる脅威を打ち砕き 全ての敵を滅するこの力を 我が名は竜王ティアマト 原初の竜にして水の精霊を統べる大精霊 そのの名に懸けて全ての力を汝に与える〉」


 次の瞬間、ティアマトの体から膨大な魔力が溢れ出すと、その魔力が一気にディアーナの体に流れ込んだのである。そして先程と同じように眩い光がその場を照らしたのである。


「……消えた?」

「ちょっとディー!」


 光が消えたあとその場にティアマトの姿は無く、地面にはディアーナが意識を失って倒れていたのだった。慌てたミリアムたちだったが、エイミーとフレイヤは全く慌てていなかった。


「やっぱりね。魔力が急激に抜けると倦怠感や意識が薄れるから」

「そうなの。仕方が無いわね。誰かディーを運んでくれる? そこのあなたでいいわ」


 エイミーの説明を聞いて安心したテレージアは、近くにいた近衛騎士を呼びつけて部屋に運ぶよう指示を出したが、当然その近衛騎士は動きを止めてしまった。


「皇妃様……ですがそれは……他の騎士の方が」

「あら。あなたは女性騎士に人を運ばせるのですか? それに役得でしょう?」


 近衛騎士に笑みを浮かべながら冗談を告げるテレージアだが、当の近衛騎士は本当に困っていた。何せ運べといわれても相手は皇女である。近衛騎士とはいえ気軽に触れていい相手では無い無いのだ。


「母である私が良いと言っているのです。それに近衛騎士のあなただから頼んでいるのです。これでも信頼しているから頼んでいるのですよ」


 皇妃にそこまで言われてはもはや抵抗するわけにもいかない。諦めた近衛騎士は意を決するとディアーナを抱き上げてその場から立ち去って行った。


(強引な皇妃様だなぁ)


 彼がこのあと宮殿の様々な人たちに何か言われるだろうと推測したエイミーは、その苦労を察して大きく息を吐き出していた。

 これは余談だか、その近衛騎士はディアーナの私室に戻る途中で会議を終えたヘルムフリートと出会うこととなり、彼の私室に個人的に呼ばれるという恐怖を味わうことになるのだった。


「さて……次の契約に移りましょう。誰が行きますか」


 ディアーナが倒れたのを見た他の面々は少しだけ委縮していたが、結局その場にいた全員が契約を行うことにした。あの戦争によって、皆が自身の力不足を悔やんでいたのである。倒れることくらい、何でも無いと自身に言い聞かせて。


「では始めて下さい。倒れたら私が何とかしますよ」


 そんな言葉と共に優しげな瞳で契約を見守るエイミーは、これから先の事を考えて不安を覚えた。悪霊と戦う以上、精霊と契約した者たちは嫌でもその戦いに駆り出されることになる。


(死んで欲しくはないけど……それは無理な話よね)


 かつての戦争において精霊と契約した者たちは戦いに戦いを続けそして死んで行った。それを知るエイミーは、契約を行う仲間たちを見据え心から願った。

 ――――どうか皆が生き残れるように。


「今度こそ命に懸けて終わらせるわ」


 小さな声で決意を呟いたエイミーは、誰にも悟られないよう必死に笑っていた。




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