お茶会
牢屋から女性騎士寮の部屋に戻されたエイミーは、そこで待機していたライアンを抱き締めると顔を埋めて癒しの成分を補給する。
そんな主人に対応する白狼は、身動き一つすることなく座ってじっとしていた。
「…………ぷはっ。やっぱり持つべきものは相棒ね」
ライアンの感触を十分に堪能したエイミーが、笑顔で頭を撫でながらそんな言葉を発した時だった。
部屋にドアをノックする音が響き、続いて柔らか女性の声が聞こえてきた。
「エイミー様。少し宜しいでしょうか?」
「……? どうぞ入って下さい」
エイミーの言葉で部屋に入って来た女性は、洗練された動作で頭を下げると名前を告げた。
「私はディアーナ=ハウゼン=ザールラント第二皇女殿下の専属メイドの一人、フリーデ=ローゼンバーグ=ホルステンと申します」
この挨拶を聞いたエイミーは、頭の中で素早く帝国地図を思い浮かべた。
(ホルステン……帝国の南西に位置する辺境伯領で私が最初に通った場所か。ということは彼女は辺境伯のご令嬢か。それにしても――――)
エイミーは目の前に立つメイドに視線を向けた。その顔にどこか見覚えがあったからだ。漆黒の髪に力強さが宿る黒い瞳。
確かあれは――――。
「……それで何か?」
あることを思い出したエイミーだったが、それを切り出すことはせず用件だけをを尋ねた。
「ディアーナ様が、宜しければ午後のお茶をご一緒にと。いかかでしょうか」
(皇女が何でこんな所にいるの?)
唐突のお誘いと予想外の状況に困惑したエイミーは、しばらくあれこれ色々と想像を巡らせたが結局その狙いが絞り込めず考えることを諦めた。
「承りました。場所は?」
「この女性騎士寮の裏手にある小さな庭園です。今日は天気も宜しいですから。それとお召し物は普段通りのもので構わないとの事です」
「分かりました。では準備してすぐに向かいます」
「はい。ではこれで失礼させていただきます」
再度頭を下げて退出していったメイドのフリーデを見送ったエイミーは、すぐに大きく息を吐くと床に寝そべっているライアンに愚痴を漏らした。
「皇女様とお茶会だって。普段通りとは言われても、やっぱり少しは気を付けるべきよね。何を着て行けばいいのかしら」
もちろんライアンがそれの問いに答えることは無く、興味ないといった様子でただ無言を貫いていた。
「ふぅ。何かあったかなぁ」
旅の間、服を詰めていた大きめの布袋を引っ張り出したエイミーはその中身をベッドの上に並べて言った。しかしどの服も戦場で来ていたものばかりであり、どれもお茶会には場違いといったものしか存在しなかった。
「やっぱり着飾るような服なんてないなぁ。これは困ったことに――――」
エイミーはそこである服に目を留めた。その服は、ワンピースタイプの白を基調とした騎士服だった。
「そういえばこの騎士服、あの国では女性騎士の正装だったわね」
エイミーはその騎士服を手に取ると、視線をライアンに向けて命令した。
「着替えるから、ちょっとそこ退いてくれる?」
その言葉を了承したかの様に立ち上がったライアンは、少し離れると再び床へと寝そべった。
そんな白狼の様子に、エイミーは思わず苦笑いを浮かべていた。
「なんでそこまで忠実なんだか」
戦場で出会った白狼ライアンは、どこまでもエイミーに忠実な狼だった。
「本日は皇女殿下が主催するお茶会にご招待いただきまして、誠にありがとうございます」
流れるような動作で頭を下げたエイミーに、ディアーナたちは感嘆のため息を漏らした。それが戦場を渡り歩いてきた少女とは思えないほど洗練された仕草だったからである。
そんな仕草に見とれていた皇女たちではあったが、やがて我に返くとそれぞれ挨拶を行った。主催者であるディアーナとそのメイドであるフリーデ。そのあとに残る二人が続いた。
「私はマルガレータ=ビュットナー=メルゲントと申します」
「私はミリアム=ベスター=マンハイムです。宜しくお願いします」
(メルゲント伯爵とマンハイム侯爵のご令嬢か。どっちも帝国の名門貴族か。それにこの人が……まさか軍馬の扱いが上手かったこの人が皇女だったとは)
出会う人々が名門出ばかりで苦笑するしかないエイミーとは対照的に、彼女たちはエイミーの服装に興味津々だった。白を基調としたワンピースタイプの服の上に最低限の装備を身に付けた彼女は、帝国の基準からすれば軽装備としか見えないしろものであった。
そして何より――――。
「えっと……ずいぶんと短いのですね。何と言いますか…………戦っている時に見えてしまいませんか?」
全員が座ったあと、少し頬を赤く染めたミリアムが全員の気持ちを代弁して、遠まわしな言い方でエイミーに尋ねた。
「確かに短い気はしますが、中にショートパンツを履いていますから下着が見えることはありませんよ。それにこの格好には意味があります。では、お目汚しを失礼します」
最後に謝りの言葉を告げたエイミーは一度立ち上がると、両手でスカートの裾を持ちそのままスカートを捲った。その行為に目を丸くした一同だったが、彼女の両太股部分に固定されたものを見てさらに驚いた。
「投擲用の短剣ですか。それも何本もとは……驚きました」
最初にその正体に気付いたのは意外なことにメイドのフリーデだった。太股に巻かれたベルトのようなそれは、ずり落ちないよう中のショートパンツと一緒に革製の細いもので固定されている。そしてそのベルトのような物には、複数の短剣が吊るされていた。
「いざという時に武器は必要ですからね。何をするにしてもです」
スカートを戻したエイミーは、そんな言葉を発してから椅子に座り直した。いち早くその言葉に反応したのはディアーナだった。
「何をするにしてもとは? 随分と含みのある仰り方でしたが」
「戦場で負ければ待つのは悲惨な現実です皇女殿下」
「……そう……そういうことですか」
「くっ……そんな……」
目を伏せて呟いたフリーデに続いて、マルガレータも唇を噛みしめて悔しげな声を漏らした。
「戦場で女が負ければ、あとに待つのは恥辱だけです。何人もの男に辱めを受け、最後は裸でその場に放置される。殺されないだけマシかも知れませんが」
現実を突き付けられ無言になった一同に、エイミーはさらに話を続ける。
「私が身に着けている服も装備も元は大陸西部にある小国家の正式な女性騎士用のものです。兵が足りずに徴兵を行っていたその国の戦に傭兵として参加しましたが、正直言って酷いものでした」
そう言ってスカートの中から短剣を一本取り出したエイミーは、テーブルの中央に置くとその用途を静かな口調で語った。
「この短剣……もちろん敵を殺す為のものですが、私がその戦場で見た限りでは自害の為の武器としても使用されていました。女性騎士たちがその純潔を守り、誇りを穢されない為にです」
「……あなたは…………その戦に参加されたのですよね? そんな戦場で……良く無事でしたね」
生々しい話に全員が圧倒される中、ミリアムが言葉に詰まりながらも何とかそう尋ねた。
「我々は主戦場からは離れていましたので敵の数も多くはありませんでした。尤も相手は五倍ですから、休む暇などはありませんでしたが。ただそんな事は大陸中部や西部ではよくあることです」
淡々とそう語ったエイミーは、最後にメイドであるフリーデに視線を向けこう尋ねた。
「その戦場にフィオーナ=ローゼンバーグという傭兵がいました。もしかしてお知り合いですか?」
「なっ……お姉さまを見たのですかっ!」
それまで冷静さを保っていたフリーデだったが、少女の口から漏れてきた名前に思わず大声を上げていた。その声に驚きフリーデを凝視する三人とは違い、エイミーは『やっぱり』と呟いて納得したような表情を浮かべた。
「やはりご家族でしたか。最初に見たとき、彼女に似ていると思いました」
笑ったエイミーは懐に手を入れると一枚の手紙を取り出した。
「戦場の盟友であるフィオーナ=ローゼンバーグから手紙を預かっております」