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プロローグ

「残った人間に地下から退避するよう命令を。それと警護隊と私の娘をここへ」


 王宮のバルコニーに佇む一人の女性騎士。そんな場所から静かにその光景を眺めていた彼女は、やがて視線をそばに控えていた女官長に移して指示を飛ばす。

 そして恭しく頭を下げて女官長が立ち去った後、彼女は視線を再び外へと移して肩を落とした。

 彼女の赤い瞳は燃え盛る炎を捉え、その長い漆黒の髪と綺麗な肌は吹き付ける生温かい風を感じていた。


「……結局、私では守れなかったわ」

 

 左手に力を込めて鞘を握る女性騎士は目を伏せると悲しげな表情で力無くそう呟いた。

 目の前に広がるのは先人たちがその礎を築き上げ、長きに渡って命を懸けて存続させてきた守るべき国が崩壊していく光景である。


「そんなことはありません。民の殆どが王都からの脱出に成功しました。ここまで奮闘した結果です」

「……そうね」


 一年半に渡る戦争は国に大きな被害を齎したがその犠牲者の殆どは騎士だった。

 それは迅速な行動で騎士を動かして民を守り抜いた結果であり、この戦争で唯一彼女が誇れることでもあった。


「まぁ確かに民が生きていれば国は再興出来るわね。それに――」

 

 やって来た警護騎士たちと小さな少女を見て、女性騎士は小さく笑って少女の頭に手を置いた。


「この子が侵略者から国を取り戻してくれる。そして世界を変えてくれる。必ずね」


 何も言わずに賢そうな瞳を向けながら見つめてくる少女に、女性騎士は手にしていた剣を鞘ごと差し出して告げた。


「母とはこれで別れとなりますがその身に宿る力が貴女を守ってくれるでしょう。それは古から受け継がれて来た力であり、未来を切り開く絶対的な力です。でも間違えないで。それは常に代償を伴う力。そして使い方を間違えれば世界を滅ぼすことにもなるわ。気を付けなさい」


 両手で剣を受け取りそれを眺めていた少女は、最後の言葉を聞くと小さく頷いて見せた。

 それに安心した女性騎士は最後にとても言葉では表現出来ない愛情を伝えるため、少女を力強く抱きしめてから警護騎士たちに脱出するよう命じた。 


「では……そろそろ行きましょうか」


 立ち去って行った少女を名残惜しそうに眺めていた女性騎士に最後まで部屋に残った男性騎士がそんな言葉を発したのは、それから随分と時間が経過した後のことだった。


「そうですね。この国に手を出したことを後悔させてやりましょう」

 

 涙を拭ってバルコニーの手すりに手を置いた女性騎士はやがて晴々とした顔で笑うと、軽い身のこなしでその場から地上へと飛び降りた。


「やれやれ。では私も行きましょうか」


 同じように飛び降りた男性騎士は、堂々とした足取りで歩く女性騎士に追い付くとその場にいた数少ない騎士たちに告げる。


「栄えある連合王国の騎士たちよ。我らが敬愛する女王陛下の出陣である! 城門を開けろっ! 我々に課せられた使命は時間を稼ぐことだ。そうすればこの国は必ず救われる。王女殿下の手によって必ずだ! だからこそ我々の死は決して無駄にはならない。これは王女殿下の未来を繋ぐ戦いなのだから!」


 圧倒的な戦力差であっても高い士気を誇る騎士たちはその言葉に大きな声を上げて答える。

 それはまるで勝ち鬨で、その声に女性騎士は喜びを感じずにはいられなかった。


「では始めましょう。連合王国の未来を紡ぐ為の戦いを!」


 そう宣言した女性騎士は開かれた城門を真剣な表情で見据えると先頭に立って一気に飛び出し、城門に群がっていた敵の懐に飛び込むと剣を抜き目にも止まらぬ速さで振り抜いた。


「ローザンヌ連合王国の女王がなぜ騎士女王と呼ばれるか。それはあなた達が想像も出来ないほどの熾烈な戦場を潜り抜け、その度に勝利を齎してきたから。今こそ身を以って知りなさい。古より継承されてきたこの絶対の力をっ!」


 一瞬にして数十人を斬り伏せた女性騎士の動きに圧倒され、動きを止めた敵兵を睨みつけた彼女はその身に宿る最後の力を解放した。


〈我が身に残る創世の力よ 未来を紡ぐためにその力を解放せよ 世界を創世したる母 女神アスタロトの力の全てを今ここに〉


 その言葉と同時に膨大な魔力を解放した女王は群がる敵兵に向けて魔法を行使した。


〈これは女神の慈悲である 消し去れ〉【ウーアシュブルング・フランメ】


 右手に紅蓮の魔力を集束させた女性騎士は正面の敵に向かって形成された強大な炎を解き放ち、その炎は膨れ上がりながら突き進んで展開していた敵兵数千を飲み込み、一瞬にしてその全てを灰へと変えたのであった。


「最後に立ちはだかるのは連合王国の騎士女王セシリア=ラ=フォンテーヌ=ローザンヌとその配下の精鋭五十名。これを越えなければ我が国は手に入らないと思いなさい!」


 これまでの鬱憤を晴らすかの様に先陣を切っていく敵陣に突き進んで行く女性騎士――騎士女王セシリア。

 そんな彼女の姿に、僅かに残っていた騎士たちも最後の忠節を尽くすべく大声を上げてその後に続いた。


「ローザンヌの誇りを侵略者共に見せつけろ! これが連合王国の騎士だ!」 


 十万を超える軍勢に挑んだ五十一人は、文字通り命を懸けて奮戦して大国ローザンヌの威信を見せつけた。侵攻軍であるロシュエル公国軍はローザンヌの征服には成功したものの、この戦いによって甚大な被害を被り当初の計画を白紙に戻す羽目になったのだから。





 ◆ザールラント帝国 帝都ザクセンハルト◆



「母上? 一体どうしたの?」

「どこか痛いの?」


 私室に届けられた報告に目を通して苦悶に歪んだ表情を浮かべた帝国皇妃。

 そんな彼女の様子に気付いた娘たちは、遊ぶのを中断すると不安そうな声を上げてそう問いかけた。


「ううん。何でもないの。ただ少し驚いただけよ」


 不安の色が浮かぶ瞳で見つめてくる娘たちの言葉を聞いて我に返った帝国皇妃は、普段通りの優しげな笑みを瞬時に浮かべてそれを否定したが、届けられた報告はとても何でもないと言えるような代物では無かった。


 ――ローザンヌ連合王国滅亡。セシリア女王陛下戦死。なお王女殿下の生死は不明――


 五大国に数えられるローザンヌ連合王国とロシュエル公国の戦争。それがよもやこの様な形で終結するとは帝国皇妃も想像していなかったのだ。


(セシリア=ラ=フォンテーヌ=ローザンヌ女王陛下。騎士女王とも呼ばれる彼女が率いる連合王国が滅亡するなんて……これで均衡は崩れ、仮初の平和は事実上終焉を迎える。もしかしたら帝国もいつか戦火に巻き込まれる日が来るかもしれないわね)


 娘二人の頭を優しく撫でながら心の中でそんな事を考える帝国皇妃は、願わくばそんな日が来ることが無いようにと願いながら静かに目を瞑った。

 かつて一度だけ会ったことがあるセシリア女王陛下の冥福を祈って。 





 ◆ソフィア聖王国 聖都バスチーユ◆



「セシリア女王陛下が戦死なされた………くそがぁぁぁっ!!」


 神殿宮の執務室に響き渡ったその声と同時に室内に舞った大量の調度品を見て、控えていた侍女たちは驚きと恐怖が入り交じった表情を浮かべた。

 驚きは声を発した人物がそのような言葉を使うとは思えなかったからで、恐怖はその人物が強大な魔力を周囲に放ち始めたからである。


「聖女様、心中はお察ししますがどうか落ち着いて下され」


 そんな不穏な空気を打ち払うように言葉を発したのは聖女が激怒する報告を届けた教皇代理本人であった。


「くっ……そんなことは分かって、分かって……いる」


 落ち着き払った冷静な言動にさらなる怒りが込み上げた聖女だったが、目に前の教皇代理を見てすぐに勢いを失い、最後には力無く椅子に腰を下ろした。


「大恩ある方の窮地に何も出来ず、さらには自国すら満足に治めることが出来ない……これが聖女とは聞いて呆れる」

「恐れながら申し上げますが、先代聖女様の急死はあまりにも突然でした。国の混乱は仕方がないこと。そもそも貴女様は後継者としてのお披露目もまだだったのです。それに貴族がすぐに従わないのも生まれを考えれば無理もありません」

「平民、それも最下層に位置する卑しい物乞いの孤児では仕方が無いと言いたいわけ? ふん、まぁお前の言いたいことはよく理解している」


 言葉のやり取りを経て少しではあるが冷静さを取り戻して来た聖女は、頭の中でやるべきことを次々と列挙していった。


「終わったことを悔やんでも仕方がない。それよりも我がソフィアが今後どうなるかを考えよう。これからの激動の時代をどう生き抜くのかをな」


 何も出来なかったことを後悔する聖女は二度とそんなことが無いようにと気持ちを新たにしながら、これから迎える激動の時代を生き残れるよう考えを巡らせ始めた。

 ローザンヌ連合王国の女王セシリアに教わったことを無駄にしないために。





 ◆レアーヌ王国 王都バンテオン◆



「あのローザンヌ連合王国が敗れ、セシリア女王陛下は戦死なされたのか。気高く美しい女性であったのだが……そういえばご遺体はどうなったのだ? まさか辱めにあったりはしていないだろうな」

「戦死の報はローザンヌ王宮から発せられ、その後王宮は炎に包まれ全焼したそうです。恐らくはご遺体もそこに……」

「そうか……彼女だけが大陸中部の争いを止められる唯一の人物であったのだが、本当に惜しい人物を亡くしたものだ」


 宰相からの報告を聞いた国王は大きく肩を落とすと、時代が動くことを瞬時に悟り考えを巡らせた。


「周囲を他国に囲まれた――特に強大な軍事力を誇るザールラント帝国と隣接する我が国はこれから苦難の時代を迎えるだろう。そしてソフィア……あの娘なら侵略を企てるということはないとしても、フロレスやローランドは状況次第では侵略して来るはずだ。レアーヌという国を守り抜くためにも、いつでも戦時体制に移行出来るようにしておく必要がある。そう言えば装甲騎士団の新団長は決まったのか?」

「前任団長の推薦通り、先日ロワール侯爵領を継いだクラウリ―家が長子アルフォンス殿を任命しました。まだ若いとは思いましたが騎士としての実力は申し分ありませんし、何より伝統貴族の筆頭です。不満は出ないでしょう」

「アルフォンスか。確かに名前はよく聞く。まぁお前が選んだ者なら間違いないだろう。今後も頼むぞ。忙しくなるのはこれからだ」


 迫り来る激動の時代に目を向けた国王は宰相にそれだけ告げると謁見の間の天井を仰ぐ。


(セシリア女王陛下……貴女とはもっと話したかった。特にこの国の建国者について。本当に惜しいことだ)


 もはや叶わない願いを心の中で呟いた国王はせめて彼女が安らかに眠れることを祈ると、自身が信じる神では無くローザンヌ王国で信奉されていた女神の名前を口にした。


「女神アスタロトよ。どうか彼女の魂に安らぎを与えたまえ」





 ――十年後 レアーヌ・ザールラント国境付近――



「……私は…………」


 膝と愛剣を抱えて眠っていた少女は、目の前の光景をしばらく眺めてから夢を見ていたということに気がついたが、実際はそれは過去に起こった現実の出来事であって決して全てが夢というわけでは無いことを知っていた。


「あれは母上……随分と無茶な戦い方をなさったのですね」


 夢の中で見た激闘を思い返してそんな言葉を呟いた少女は、すぐにこれまでの自分を振り返って自嘲気味に嗤った。

 そんな言葉を言えるほど自分も上品な戦い方をして来なかったことを自覚していたからである。 


「さて、もうすぐ帝国に着く。どんな国なのかしらね」


 思考を切り替えて隣で丸くなる白い生き物の背中を撫でながら口を開いた少女は、しばらくの間は優しげな笑みを浮かべていたが、やがて視線を正面に向けるとその表情を険しいものに変化させた。


「少なくともこんな場所では無いことを願うわ」


 地面に転がる無残な遺体。その数は十を超えていたが少女は一切同情などはしていなかった。誰かを襲う人間は逆に殺されても文句は言えない。この世界はそういう世界なのだと知っているから。

 

 そんな光景を数秒ほど眺めていた少女はゆっくりと立ち上がると、スカートに付着した土を軽く払って愛剣をベルトに吊るしてから白い生き物に告げた。


「お腹が空いているならあれ食べてもいいわよ? 私は薪に火を入れるから」


 少女が指差してそう告げると白い生き物は軽く尻尾を振って遺体へと向かって行った。

 この世界は弱肉強食で、今まさに目の目で繰り広げられているのがこの世界の縮図。


「もうすぐ十年……」


 全てを失ったあの日からもうすぐ十年が経過する。言葉で表せばたった十年の一言ではあるが、振り返ればその一日一日が彼女にとっては命懸けの日々だった。

 生き残る為に傭兵としてほぼ毎日戦場を駆け巡った。そして時には死体から物や金を漁り、食い扶持を稼いだ。毎日誰かの命を狩り、奪われる恐怖に耐えながら夜を過ごした。

 そしてそんな生活は未熟な自分の精神力を削り取って容赦無く破壊して行った。一歩間違えれば、どこかで死んでいてもおかしく無い生活だったのだ。信じるに足る仲間に出会わなければ確実に。

 

「私はまだ……何も果たせていない」


 自分を守るために多くの人間が命を懸けて散って行ったあの日、アグリジェント大陸は新たな時代へと突入した。

 強国同士が大陸の覇権を争う激動の時代へと。


「絶対に無駄にはしません。だから見守っていて下さい。願いは叶えます。私自身のためにも」


 燃えるたき火を眺めながら静かに決意を語った少女は、戻って来た白い生き物を優しく抱き締めると目を閉じて再び眠りについたのだった。

 少女はこうしないとは安心して眠ることが出来ない。油断すれば瞬く間に命を失う戦場を巡って来た結果、少しでも殺気を感じれば目が覚めてしまうほど眠りが浅くなってしまったのである。

 だが温もりがあれば大丈夫だった。

 

 この道を歩むのは一人では無い。そう信じることが出来たからである。






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