言葉というもの
ごきげんよう諸君。
私の名はヴァイゼ。想造主の知識の具現者だ。
私の戯言に一時の間付き合って欲しい。
君たちが普段使っている言葉は、果たしてどのようなものかな?
言葉とは、簡潔かつ率直に述べるなら[強力過ぎるコミュニケーション]であると言えるのだよ。
なぜなら、何気ない言葉であっても、心が[傷ついたり]また、心が[救われたり]するものだ。
君たちにも実感があるだろう?
言った本人に、自覚が[有るか][無いか]は観点には入らないがね。
では、君たちに問うが、今の世にいる者たちは[言葉がどのように影響している]か考えていると思うかね?
私の主観では、[考えられてはいない]となるね。
人は、[己の快楽心を得る]ためなら、言葉の与える影響など無視していると言わざるを得ないのさ。
なんと愚かしいと思わないかな?
[強力過ぎるコミュニケーション]であることを理解していないのだからね。
改めて問おう。
君たちは、言葉をどう扱っているかな?
[言葉の与える影響]が、[どのようなものであるのか]考えられているのかな?
[己の快楽心]のために[言葉を蔑ろ]に扱ってないかな?
私の主観的に言えば、言葉を[己の快楽心]のためだけに[蔑ろに]扱っているものは、[罪人に近しき愚者]であると言えるね。
なぜなら、その者は言葉は[強力過ぎるコミュニケーション]であることを理解しえていない[動物的精神]の持ち主なのだから。
ああ、気分が悪くなるような言い方をしてしまったね。
抉みを取り出して言うなら、[言葉を扱うときは、相手のことも考える]べきだと言うことさ。
理解していただけるかな?
今日の戯言は、これまでにしようか。
ではまた会えるまで――。
end