親としての責任
マーベリックさんの活動報告に触れて書きました。
ごきげんよう諸君。
私の名はヴァイゼ。想造主の知識の具現者だ。
私の戯言に一時の間付き合って欲しい。
君たちは親の立場かな?
それとも、子どもの立場なのかな?
君たちがどんな立場であるかは、私が計り知れないところだが、論理について述べることなら出来るのさ。
では聞くが、君たちが親としての立場であるなら、必然的に背負うものがあるね?
そう、[親としての責任]だ。
それは、君たちが[親であり続ける限り]背負い続けるものさ。
面倒だからといって、放棄してはいけないよ。
親という存在は、子どもの教育にとって、必要なものだからね。
ほら、昔からこういう言葉があるね?
「親の背を見て、子どもは育つ」という言葉ぐらいなら、君たちは知っているだろう。
子どもというのは、[最も身近な大人]である親を見ながら成長するものさ。
親が愚かしいことを[常習的]にやっていれば、子どものほうもそれが[当たり前]と判断してしまうものだ。
親がそうやっているのだから、自然に、子どものほうもそうなってしまうのだよ。
まぁ、例外はあるだろうね。
ゆえに、子どもの教育には正しく導く親の存在が、必要不可欠ということになるね。
なかには、やむを得ぬ事情があり[親としての責任]を放棄しなければならない者もいるだろう。
ならば、親権を[法律に則った形]で親類や知り合いに譲渡すべきだ。
孤児院に入れたりなども、一つのやり方だね。
しかし、面倒だからと言って、法的譲渡すらも放棄してはならないよ。
それは、腐った果実のように見苦しく愚かしいものであり、責任すらも負おうと思えぬ不相応な者だからね。
例えばだ。
客観的に見て、[実力が無い者]が自分は[有能だと欺くように振る舞う]者。
[実力が有る者]が、自分の[実力と釣り合う]ように振る舞う者。
君たちはどちらに良い印象を受けるのかな?
当然、後者の[自分の実力と釣り合うように振る舞う]者を選ぶだろう。
何故ならば、そちらのほうが安心感が得られるし、何よりも[愚酒酩酊による不快感]を受けなくてすむからね。
それは、[周囲を安らげる薬]のようなものさ。
逆に[有能だと欺くように振る舞う]者は、周囲に落胆や失望などを与え、[自らに孤独感を心底植え付ける]結果を招くことになるね。
それは、[自身に毒をもたらす]ようなものであるとすら言えるよ。
分かりやすく言うなら、[自業自得]になるね。
まぁ、実力に伴うように振る舞うのも良いが、度は過ぎてはいけないね。
得てして、過度というのは[自己正義という愚酒の酩酊]を招くものだからね。
ご理解いただけたかな?
今日の戯言は、これまでにしようか。
では、また会えるまで――。
あなたは親としての責任を果たしてますか?