でぃぷらいぶえーおぶびー
妄想座学祭20XX年参加予定の作品です(笑)。一応ジャンルはSFにしておきましたが、コメディ要素の方が大きいと思われます。というかSF要素がからっきしと言われても反論できません……。
ちょっと前に昼飯を食べた筈なのに小腹が空き始めるという訳のわからない午後三時という時間帯。
俺は、とあるカフェである人物を待っていた。日曜日の午後三時。この時間帯を子供の頃はおやつの時間といって母親に色々なおやつをせびっていた記憶がある。夏はわらびもち、秋は栗まんじゅう、冬は雪見大福、春は土の筆と書いてつくしと読ませる植物をせびっていた。何故に俺は春の時だけおやつに植物をセレクトしていたのだろう。その答えは大人になってしまった俺には到底導き出せない代物となっている。
おやつの時間。
子供の頃、その時間帯にいつも一緒におやつを食べていた奴がいた。所謂幼なじみという奴だ。同い年の女。黒い髪を短く揃え、なかなかにスタイルはいい。背丈は――昔はそりゃあ全然敵わなかったが――今では俺も百七十センチを越え、ようやく同じくらいになった。厳密に測ったらそいつの方がでかい可能性も無きにしもあらずだったのだが、あいつは自身の巨大さも相成って身体測定というものを嫌っており、毎回その時期になると不登校になっては教師を困らせていたので正確な身長は彼女自身もわからないんだとか。そのおかげで俺はというと自分に幻滅しないので助かってはいる。小さい頃から身長が小さいことを馬鹿にされてきた。ようやく身長が伸びたのにあいつを越せていないとか悲しすぎるから。
「はぁ」
――おやつの時間になると一緒に笑い合いながらおやつを食べていた幼なじみ。
そいつにどうやら、悪い男が出来てしまったらしい。
俺は見たのだ。あいつと俺の家は隣り合わせに隣接している。小腹が空いてコンビニに寄り、昔打ち切りになった漫画を『夏の怖い漫画特集』とかいけしゃあしゃあといってのけて数話分だけ載っけている廉価本を少しだけ立ち読みした後に買ったサンドイッチを持ったまま見た光景だった。
彼女は家の前にたどり着いた瞬間だったのだろう。鍵を手に持ち、今にも家を空けようとしていたところだった。
目を見張った。
久しぶりに見た彼女の額には、大きなガーゼが貼られていた。彼女とは子供の頃喧嘩をしたことがあったが、何をしても彼女には傷一つ付かなかった。
なのに。
それなのに、彼女には、大きな傷が。
「どうしたんだよそれっ」と血相を変えた俺が聞く。
すると彼女は、今までに見たことがないくらい鋭い目付きで俺を睨みながら、「うっさい。あんたには関係ないでしょ。ただ単に、漫画を立ち読みしてたら最終巻だけないことに気付いてむしゃくしゃしただけよ」と意味不明なことを言ってのけてばたばたと自分の家に入っていった。
それが、昨日の深夜近くの話。
そんでもって、今日の朝。
心配で眠れなくなってしまった俺が、彼女をこの時間この場所にメールで呼び付けて。
今、こうして俺は彼女を待っている。
「……考えてみたら、あいつの怪我がなんであろうと知ったこっちゃないんだよな」
一応彼女と俺が大学を卒業して社会人という人種になった後、彼女と俺は疎遠になった。以来、たまに顔をあわせてもあまり会話をしたことがない。
そんな関係の、彼女に。
俺は何を言おうとしているのだろう。
「なーんて、これ以上ないくらいに戯言だ」
「……痛い人がいる」
「うおあっ! いつの間に来てんだお前!」
何の気無し呟いたら、何故かその時その瞬間に限って彼女が俺の前に来ていた。「ついさっきよついさっき。まっさか数ヶ月経っただけで幼なじみが痛い人になってるとは思わなかったけど」と割と辛辣な物言いのまま、俺と真正面に向かって席に座る。呼び鈴を押し、呼び付けた店員さんと「すいません。あの頃の冷たいママの味を、アメリカンで。あ、こいつにはイタリアンを」「かしこまりました。お客さん、通ですね」という会話をして注文する。
「……お前がこのカフェを指定してきたから来たけどよ、このカフェ何なんだよ。てかまずお前が何なんだよ、メニューにはママの味なんてねえぞ」
「相変わらず馬鹿ね。ママの味っていったらミルキーに決まってるじゃない」
「そういう通説はあるにはあるけどそれを何故カフェで頼むんだっていうのが議論点なんだよ!」
「このカフェはね、ママの味って頼むとミロが出てくることで有名なカフェなの。ワタシ、ダイスキ、ココ」
「そんなカタコトになるくらいに大好きなのかよ!」
「ワタシは、ワタァシ」
「そのネタをわかるのは果たしてどれだけの人数だろうな!」
数ヶ月ぶりの幼なじみとの世間話は、相変わらずの馬鹿なノリだった。
「そもそもアメリカンイタリアンってなんなんだよ」と俺が痛くなる頭を押さえながら聞くと、「そもそもあんたはなんでカフェに来てるのに何も頼まずに椅子に座ってるのよ」と彼女は返す。疑問文を疑問文で返すんじゃねーよと内心で愚痴をたれつつも「うっせ。カフェに来たら何も頼まずに一時間以上座るのが前々からの夢だったんだ」と結構真面目な顔で言うと、彼女は「それを私との対面の時に実行しようとしないでよ」と呆れながらため息をついていた。
「お待たせしました。ママの味、お二つです」
そうこうしていたら店員さんがやってきて、おかしな台詞と共におかしな品を二つ持ってきた。肉の匂いがぷんぷんする真っ赤な真っ赤なレバーと――何の調理もされていない土筆だった。
「…………」
「何よ無言になっちゃって。何か言いたいことがあるなら言いなさいよ」
「……ねえか」
「は?」
「ミルキーじゃねえじゃねえか!」
「うっわ、うるさっ。テンション下げなさいよ今何時だと思ってんのよ」
「テンションは下げねーよ寧ろ上げる勢いだよ俺は! 何でミルキー頼んだのにレバーを持ってくんだよあの店員! 訴えたら勝てるぞ俺ら!」
「名誉棄損で捕まるわよ私達」
「え、名誉って何! ママの味がレバーって認定されて傷付けられる名誉って何なの!」
「レバーを馬鹿にしない方がいいわよ。腹痛には持ってこいなんだから」
「頭痛に効く食べ物をお願いします!」
それはそうとこのレバーって生だよなどうやって生のレバーをカフェで調理するんだよと彼女の方を見ると、「何よいやらしい。あふあふ言いながらレバーを食べる女を見て楽しい?」と汚らしいものを見る目付きで俺を見てきた。あふあふって何なんだろう。何気に見てみたい気もする。
「でもこの店も落ちたわね。流石の私も生のレバーは食べられないわ」
「……やっぱり前までは調理済みのレバーだったのか」
「うん」
「というか、あれか、前ってことはお前はこの店の常連ってやつなのか」
「うん、そうね。いつもは二人で来てるけど」
「…………」
思わず無言になる俺。何なんだろうか、この、胸の奥の方で疼くずきずきしたものは。わからない。「ま、まああれだな。とりあえず食べろよ。俺もこのママの味を堪能するから」
「ママの味っていうか土筆よね。何でイタリアンが土筆なんだろ」
「それは俺が聞きてえことなんだが」
「アメリカンなママの味がレバーっていうのは納得出来るのにね」
「それも納得出来ねえ事柄だよ!」
「え、何でよ! だってアメリカンなママよ! あんなぶくぶくに太ったママなんだもの、子供にレバーくらい出すのは当たり前でしょう!」
「それは偏見だ! ハリウッドみてみろ、最高に最高だぜ!」
その後もギャーギャーワーワーと叫び倒す俺と彼女だったが、二人ともママの味に手を出そうとはしなかった。彼女の方は、まあ、生のレバーだから手をつけなかったという理由でだろう。けれども、俺は。俺の理由は違った。例えこのイタリアンなママの味がプロの調理師に調理されたものだとしても、手を付けようとは思わなかっただろう。
彼女の前にはレバーがあって。
俺の前には土筆がある。
彼女の前には彼女の顔を傷付けた誰かがいて。
俺の前には彼女が居なかった。
「さて、と」結局レバーを一口も食べないまま、彼女は切り出した。「本題にそろそろ入りましょうか」
「ああ」
「私はあんたに言われてこの時間に来たんだけど、このカフェに来ることは私が指定した。私と彼がよく来るカフェにね。この意味、わかる?」
「……わかる、よ」
「彼ね、いい人なの」
彼女は唐突に俺に話し始めた。その彼女の顔には未だにガーゼが貼ってあって、俺はそれを苦々しい気分で見つめる。
「私の理想って言ってもいいかな。私より凄く背が高いし、体がゴツゴツしてるし。なによりね、私、彼の為なら何でもしてあげたいって思うの。だって彼は、私のして欲しいことをいっぱいしてくれるから。私を満足させてくれるから。あんたと違ってね」
「…………」
「あんたと違ってね」
大事なことだから二回繰り返したのだろう。彼女は真剣な眼差しで俺を見る。その視線から逃れたくて下を向いたら、そこには彼女との過去の思い出があった。見るのが嫌で仕方なく前を向くと、彼女が居る。逃げ場がない感覚だった。
「だからね、私に指図しないで。私は私で勝手にやるから。あんたにごたごた言われる筋合いはないの」
ここまで言われて、ようやくといったところだろうか。俺は、俺の胸の中で疼き始めたずきずきした感覚の正体がわかり始めていた。
この胸の疼きは何なんだろう。
そう考えた時、答えは俺の中にあった。
「お前さ、何で俺に相談なく勝手なこと言ってんだよ。困ってんならまず俺に相談しろよ。そりゃ数ヶ月話してないけど、幼なじみだろ、一応」
そう。
これは、疎外感というものだった。そして疎外されたことに対する怒り。こんな勝手なことを言ったら怒るかなと思ったが、一度せきを切ったら止まらなかった。
彼女は。
尚も真剣な眼差しで。
「あんたと私の仲だもんね」と言って、俺をカフェの外に連れ出した。
「何も困ってないけど、何も言わないままだったのはやっぱり駄目ね。そこだけは私の反省点」
言いながら彼女は携帯を取り出し、誰かに高速の手の動きでメールを送る。「メールでいいのかよ」と俺が聞くと、「メールでも彼はすぐ来てくれるの」と笑顔で彼女は俺の質問に答えた。有り得ないくらい暑い天候下でも、彼女は眩しいくらいに輝いていた。
「あと十秒くらいで来るから」
「そんなに早く来るのか」
「うん。だって彼なんだから」
果たして何で来るんだろうか。やはり車だろうか。車だったとしたら高い車なんだろう。ベンツか何かか。縦に長い車なんだろうなあ、どうせ。
すると。
どこかしらからか、ゴゴゴゴゴと大きな音が聞こえてきた。
なんだよこの音! と叫ぶ前に、彼女が突然「後五秒!」と青い空に向かって大声を出す。
おいおいまさかの飛行機での登場かよ!
どんな出オチだそれ、俺に全く勝ち目ねーじゃねーか!
「四!」
彼女が跳ぶ。
「三!
空に向かって、元気よく。
「二!」
誰かの登場を待つ俺の目に、信じられないものが映り始める。
「一!」
え、と思う暇もなかった。大きな音をたてるそれは、俺と彼女の前に『着陸』する――!
「待たせたな、マイレディよ!」
「零! もう、待ってたよ! 待ってたんだから!」
「はっはっは、すまない。だけどこれでも急いだ方なんだ。それで? 君の幼なじみはどこにいるんだい?」
「ああ、これよこれ。この貧相なしなびたもやしみたいなの」
そこには。
彼女より遥かに大きくて、俺なんかよりも遥かにゴツゴツしている存在がいた。ドスゥンと轟音を周りに撒き散らしながら、それは着陸する。
人間じゃなかった。
五階建てのマンションくらいの背丈で、体は白と赤の金属で造られていた。
というか、ロボットだった。
「というか、ロボットじゃねえかよ!」
「ええそうよ。私の彼、最強レンジャーガイガイガーレッドのロボットさん」
「まさかの戦隊シリーズ!」
「初めましてだなマイレディーの幼なじみよ。私が彼女と親しくしている、最強レ」
「いや言わなくていいんでそれ!」
何だってんだこれ、どういうことだこれ!
人間ですらねえぞ俺の幼なじみの彼氏!
「もう、こんなしなびたもやしに挨拶なんてしなくていいよう」
「でも君がしてくれって言ったんじゃないか。このまま三人で店の外で私の動力源であるレバーを食べるのかと思ってたんだが」
「うーん、それもいいかもね。でもね、なんだかね、貴方のその雄々しい姿見たらもうどうでもよくなってきちゃった」
「雄々しいっていうか金属でガチガチっていうか!」
「む、何を言うかね。これは金属ではないぞマイレディーの幼なじみよ。これは巷で話題のファインセラミックスだ」
「安くて軽くて丈夫なんですね!」
「そうなの、それでいて彼はね、強いのよ。今まで私を全力でなぶっても傷一つ付けてくれる男は居なかったのにね、彼は違うの。体の奥の奥にジーンってくるものを私の体にくれるの」
「ど……う、う、ん?」
ロボットの衝撃で未だに揺れる俺の心を更なる衝撃が揺らしたような気がした。
え?
満足させてくれるって、そういうこと?
「はっはっは。しかしなあ、前のはやり過ぎだったな。悪の怪物を三発くらいで蹴散らす私の拳をくらってもピンピンしている君だったから、つい全力で最終回に出すとっておきの拳を出してしまったよ」
「ううん、いいの。顔に傷が残ったけど、今までで一番クる痛みだった……」
ここで悦の表情に浸る幼なじみ。どうやらガチでそっち側の人のようだった。
「……マイレディーよ。じゃあ、また最終回に登場するか?」
「え……う、ん。うん。お願い、ガイガイガーレッドのロボットさん。いえ、お願いし、ます。私をまた、なぶって下さ、い」
「なぶるだけで済んだらいいのだが。踏みつぶすというのもなかなか乙な……」
「ひゃ、ひゃぁっ! は、はは、あははは、……お願いします」
「出演料は要るかな」
「そんな、出演料なんて……。あなたからの痛みが、私の出演料です」
「……五人のレンジャーが集まれば、五体のロボットが合体し、攻撃力が五倍になるのだが」
「五ば……! あ、あああ、そんなのムリ……でも、でも、お願いし、ま、」
ここら辺で俺は二人(?)の会話を聞くのをやめてすたこらさっさと店の中に戻っていった。気付くと外からゴゴゴゴゴと先刻聞いた音を響かせて、その音の響きが終わる頃には外には何も見えなくなっていた。今頃あの二人(?)はどこに行って何をしているんだろう。あまり考えたくない。
さっきまで座っていた席にはママの味が置いてなかった。殊勝な店員さんが片付けたんだろう。先程と同じ店員さんが俺の元にやってきて、「先程の注文の品はお客様が支払れるということでよろしいでしょうか」と聞いてくる。
「はい」と俺は答え。
――そして。
昔の色々な思い出を色々思い出しながら。
追加の注文を、涙ながらに頼んだ。
「ママの味を二つ、イタリアンで」
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空想科学祭に参加できない年(受験)なんでふざけたものをストレス発散代わりに投稿しました。しっかしまた残念なヒロインを書いてしまったなあというのが本音。
久々なコメディで面白いのかよくわかなくなっちゃってます。それでも読んでくださった方、読了、ありがとうございました。