白銀の騎士
さらに五日後――。
「いったいどうなっているんだ!!!ニース自治領からの伝令はまだ帰らんのか!!」
ティモンは焦っていた。伝令を送り出してから十日。ニース自治領からは何の連絡もない。これにはティモンだけではなく、カントも焦りを感じていた。
「さすがにおかしいですね。伝令に何かあったのでしょうか……」
「そうだな。いや、あるいはまだ議論を重ねているのやもしれん。なにせ、あそこのシェルヴァン領主は優柔不断で有名だからな」
ティモンがそう言ったときだった。
「ティモン様!!ただいまニース自治領より帰還いたしました!!!」
「おおおお!待っていたぞ!!して、返答はいかがであった?!」
「はっ!領主のシェルヴァン様は部隊を外へ出すのに消極的なご様子!対して団長のクリス様はすぐにも来援すべきと反論!!国を分けて議論した末、シェルヴァン様は物資援助のみ協力を約束するとのご返答でした!!!!」
「なんと……。物資援助のみか……!」
ティモンは落胆した。十万の軍隊が迫っている今、必要なのはやはり数であった。
「聞くところによると、団長のクリス殿はまだ十八歳の少女という。やはり、まだ領内での発言権が弱いのでしょう。あくまでも領主はシェルヴァン殿ですから」
カントも唇を噛みしめた。
「そうは言っても、ニースは連邦国でも第二の勢力!二万五千もの軍隊を擁しているのですぞ!!それが、兵は一兵たりとて出さぬとは…!」
「仕方ありますまい。こうなったら三万五千で戦うまで!!私も早速、駐屯地へ向かいましょう!!」
「カント殿…。そのお言葉は心強いが…、貴殿もまだ手負いであろう。貴殿は守りに徹した方がよいのでは…」
「何をおっっしゃいますか!私は故郷を失った身!これは一矢報いるための戦いでもあるのです!!前線で戦わせていただきます!!」
カントの形相にティモンは何も言えなかった。カントにはルース自治領に家族もいた。友人もいた。それを一挙に失い、一人で生き延びてしまった。その気持ちを考えれば、反対などできなかった。
「お待ちください!!」
突然、ティモンの屋敷のドアが開かれた。そこには銀の長い髪を一本の三つ編みに結わえ、白銀の鎧に身を纏った容姿端麗な女性の姿があった。
「ニース自治軍団長クリス!セシル自治領の来援に参った!!!」
「あなたが…、クリス殿?!」
ティモンもカントも驚きを隠せなかった。
「し、しかし、シェルヴァン殿は兵を出さないと決定したのでは?」
カントの問いに、クリスは答えた。
「いかにも。なので、私は独断でやって参りました。私に忠誠を誓う兵たちも、続々とこちらへ結集しております!おそらく、その数一万五千ほどでしょう」
クリスはそう言い放つと、薄くほほ笑んだ。
「一万五千?!貴殿の独断にそれほどの兵が従ったというのか?!!」
ティモンは喜々としながらも驚きを隠せなかった。
「うむ。クリス殿が就任されてから、軍への志願者が急増したと聞くが、噂は本当であったか」
カントも希望を見たのか、喜びを隠せなかった。
「私からは何とも。ただ、兵は集まった。あとは帝国を迎え撃つまで。それだけのことです」
「おおっ……!!!」
わずか十八の少女の発言ではあったが、二人を奮い立たせるに十分な威厳に満ちた言葉であった。
クリスの思わぬ参戦に、カントは喜び勇んでクリスとともに屋敷を後にした。二人はティモンの屋敷を出ると、馬に跨り街へと出る。カントは黒馬、クリスは白馬に身を委ねた。セシル自治領でも支持の厚いカントに領民の視線が集まるが、それ以上にカントの後ろで白馬に跨る白銀の鎧、赤いマント、長い銀髪のクリスの出で立ちに、領民は息を吞んだ。
「はははっ!!クリス殿は見る者を惹きつける素養がおありのようだ!!なんとも心強い!!!」
カントは意気揚々と高らかに笑った。
「何をおっしゃる!カント殿の奮闘こそ、ニースでも幾度か耳にいたしました。連邦がこれまで無事だったのも、国境を守るカント殿の活躍の賜ではありませんか!」
「まぁ、私の話はいいではありませんか。それより、クリス殿のご参戦で敗色ムードが一気に吹き飛んだのは事実!これは面白くなるかもしれませんね!!」
カントの言葉にクリスは恥ずかしさを覚えた。この二人の勇姿を、民衆の中から見る少年がいた。アレスとルイである。
「カント団長!後ろは…、誰だ??」
「アレス、知らないの?あれがニース自治領のクリス団長だよ。すごいなぁ、同じ女とは思えない…」
ルイはクリスに見とれていた。
「あれが十八歳で団長になったクリス様?!僕と八歳しか変わらないのに団長だなんて…。僕にもあんな素質があったら、国を守りたいのに」
アレスも、クリスの姿に感じるものがあった。クリスの影響力はそれほどのものであった。