ハルトの挑発
両陣営の睨みあいが続くこと三日目。先の戦の傷跡が残る平原に一頭の馬の蹄の音が響いた。馬上の青年は長い棒に白い布を巻きつけ、高らかに天に掲げていた。白い布は戦場における『使者』の証。使者は斬ってはならないのが戦のルールである。そう、馬上の青年こそ、ハルトであった。ハルトは堂々と帝国の陣営へと進んだ。
「止まれっ!!何者だっ?!」
帝国兵がハルトに槍を向ける。しかし、ハルトは一切動じる様子もなく言った。
「我こそは連邦軍の将、ハルト。使者としてワーズ将軍にご面会願いに参った!」
普段は穏やかなハルトであるが、敵陣を前にしたその表情は鋭く光っていた。
「そこで待っていろ!」
帝国兵はそう言うと、陣中にあるひと際大きな幕舎へと向かった。
「あれがワーズの幕舎か。剣では勝てずとも、策では勝たせてもらおう」
幕舎を眺めながら、ハルトはそうつぶやいた。ハルトが待つこと三分。幕舎から先ほどの帝国兵が出てきた。
「ワーズ様の許可が下りたぞ!こっちへ来い!」
帝国兵に促され、ハルトは幕舎へと歩んでいく。幕舎に入る直前、ハルトは大きく息を吸った。自分の責務の大きさを噛みしめるかのように――。その思いとは関係なく、帝国兵は幕を開け、ハルトを中へと誘った。ハルトは幕内の奥深く、椅子に腰かけているワーズの机まで歩み寄った。
「フン!使者と言うからカインかクリスでも寄こしたのかと思えば、セシル自治領に遅れて駆けつけた小僧か。こんなところへ何をしに来た?」
ワーズは横柄に言った。余裕を見せた発言ではあるが、その眼光は鋭く、変なことでもしようものならすぐにでも斬りかかるような勢いをハルトは感じた。
「私はヨルベル自治軍の副将ハルト。本日はワーズ殿に休戦を勧めに参りました」
ハルトは冷静に、かつ口元に薄い笑みを浮かべて言った。思わぬ発言にワーズは眉を寄せた。
「休戦?何を言っておる?追い込んでいるのは我々だぞ!」
ワーズは鼻先で笑うと、ハルトを睨みつけた。すると、ハルトは大声で笑った。
「あっはっはっはっはっはっ!!!!!我々が追い込まれている?おかしなことを。先の戦、あなた方は五万もの兵を失っているのですよ?対する我らの被害は二万。どちらが優位か、子どもでも分かるはず!!」
ハルトはそう言うと、ワーズに向かって指差した。それを聞いたワーズは眉間にシワを寄せ、机を激しく叩きつけて立ち上がった。
「無礼者!!!こっちは今すぐにでもお前の首をはねることもできるということを忘れるな!!!」
そう言いながらワーズは腰に下げていた剣を抜き、ハルトの目の前に突き出した。しかし、ハルトはまったく動じることなく静かに笑みを浮かべて言った。
「おっと、まさかワーズ殿が使者を斬ることがタブーという戦の常識さえもご存知ないお方とは思ってもおりませんでした」
この言葉を聞き、ワーズは冷静さを取り戻した。
「フン!小僧め。私を挑発する気だろうが、その手にはかからんぞ。――まぁよい。先ほど我らの方が被害が大きいと言ったが、お前たちこそ一角を担う将、カントを失ったではないか!」
ワーズは再び椅子に腰を下ろした。
「確かに。カント殿を失ったことは我々にとって大きな損失でした。しかし、同時に女神が舞い降りた!せっかくの優位な流れの中、あなた方はクリス殿の一軍を止めることさえできなかった!未だに貴軍にはクリス殿に恐怖を感じる者もいるのではありませんか?」
ハルトは威厳あるワーズを前に、余裕の表情を見せた。
「我が軍にそのような腰抜けは一人もおらぬ!!休戦なんて馬鹿な話、受ける気はない!帰ってカインにそう伝えろ!!」
ワーズはそう言って幕舎から出て行った。その直後、幕内に五人の兵士が入り、ハルトを陣外へと連れ出した。
「ふぅ…。思った通り、短気なお人だ。さて、このまま持久戦となるか、あるいは一度試しに討って出るか…」
ハルトはそうつぶやきながら連邦軍の陣営へと向かった。