ハルトの提案
この日の晩、カイン、クリス、ハルトがカインの軍幕に集まった。カインの軍幕には、ひとつの立派な棺桶があった。もちろん、中にいるのはワーズとの戦いに敗れたカントである。
「まずは、若き勇将に黙祷を捧げよう」
カインの言葉に全員が胸に手を当て、目を伏せた。クリスから見れば経験豊富なカントもまだ二十代。その死はあまりにも早すぎるものであった。みんな、カントの才を惜しみつつ、心の中で別れのあいさつを交わした。
そして、この重い空気を吹き払うかのようにカインが重い口を開く。
「今回の戦、カント殿を失ったことは実に悔やまれるが、我が軍の勝利と捉えても差し支えあるまい。これもすべて、クリス殿のご活躍の賜だ。改めて感謝いたす」
カインはそう言うと頭を深々と下げた。
「いえ、私は何も。それより、カント殿を失い、自治領が襲撃されてしまったことが悔やまれます」
クリスはそう言って肩を落とした。
「実はその件でご報告が」
ハルトが割って入った。
「本日、自治領が襲撃された際、一人の武人が敵の侵攻を食い止めたのです。無理を言って陣内に来ていただいているので、ご面会いただいてもよろしいでしょうか?」
「なんと!お待たせしているのか?!それはいかん!すぐにお招きしましょう」
カインに促され、ハルトが男を軍幕に招き入れる。長い戟を持ち、背中に大剣を背負う男が中に入った。
「ダイモスと申します。旅の途中、戦に遭遇いたしましたので勝手ながらに参戦いたしました。帝国の暴挙は旅の道中にも聞き及んでおりましたゆえ」
男は入るなりそう言った。
「いやいや、貴殿のご活躍がなければ我らは守るべき土地を失うところでありました。軍を代表して、国を代表してお礼申し上げる」
カインはそう言うと深々と頭を下げる。
「もったいなきお言葉」
ダイモスは静かに首を横に振った。
「それにしても、ダイモス殿のご武勇、素晴らしいものであったとお聞きしております。なんでもあのワーズ将軍を相手に引けを取らなかったとか。一体どちらで修練を積まれたのですか?」
カインは興味津津だ。同じ武人として気になる存在なのである。
「私はここよりはるか南東に位置するセオルシド民主国の出身であります。しかし、若きころに国を飛び出し、この大陸より西の大陸にあるスミルノフ共和国で修練を積み、三年前までかの国の軍事指南をしておりました」
ダイモスは静かに自らの経歴を明かした。思いもよらぬ経歴に一同は目を見張った。クリスにしろ、カインにしろ、団長とはいっても国の一部を成す自治領での地位に過ぎない。一国の軍事を司った経歴を持つダイモスの登場は連邦国そのものに大きな影響力を持つと思われた。
「ダイモス殿、このような不躾なお願いをするのもなんですが、この戦が終わるまでで構いません。我々にご協力いただけませぬか?」
カインが神妙な面持ちで問いかけた。このカインの態度にクリスとハルトは目を疑った。いくらダイモスの経歴を聞いた後とはいえ、その真偽は分からない。にもかかわらず、一軍を預かる将たるカインが今や一介の浪人であるダイモスに協力を依頼するとは思ってもいなかった。
「そのように言っていただきありがとうございます。そうですね。私もこの土地が好きですし、なによりそろそろ旅を休もうと思っていたところです。こちらこそ、しばしの間、身を置かせていただきたい」
ダイモスは笑顔で快くそう言った。ダイモスのあまりの即答に一同は顔を見合わせた。
「それはありがたい!早速ですが、今回の戦いの後となると、帝国も慎重となるでしょう。そうやすやすと勝たせてはもらえなくなると考えております。ダイモス殿は今後の戦局をどのようにお考えでしょうか?」
カインのその眼からは余裕は一切感じられない。先の戦いに勝利した分、帝国に警戒され簡単には勝てない。つまり、これからが本当の戦いと言えるのである。
「私も同感です。敵の警戒心が強くなっている今、すぐにけしかけるのは得策とは言えないでしょう。それより、敵は本国を離れている。いくらルース自治領を支配下にしたとは言え、いつ反乱が起きてもおかしくない。帝国軍にとって、今はまさに遠征中。ここは持久戦に持ち込むのが常套手段でしょう」
ダイモスはそう言いつつも、顔が晴れない。
「やはりそうですか…。帝国を叩く決定打があればと思いましたが…」
カインは眉間に皺を寄せ、下を向いた。それを聞いていたクリスも、長く先の見えない戦いを心に描いた。持久戦に持ち込もうにも、帝国が全軍を挙げて攻撃してきたらひとたまりもない。ましてや、上手く持久戦に持ち込めたところで、連邦軍に勝算があるわけでもない。三人はそう思った。しばらく、幕内に沈黙が続いた。
「あ、あの…」
黙っていたハルトが沈黙を破った。
「どうした?」
カインが発言を促す。
「はっ!持久戦に持ち込んでいる隙に、バンクル自治軍に敵の背後を突いてもらってはいかがでしょう?いくら援軍を拒んだとはいえ、先の勝利の報告を聞けば彼らも勝利の可能性を見出すでしょう。我らが敗北すれば、それこそバンクル自治領にとっても脅威が増すだけですから」
ハルトの提言にカインは目を輝かせた。しかし、それも束の間。すぐにカインは首を横に振った。
「援軍を求めるのはいいが、帝国だって持久戦は避けたいであろう。一気に攻められては元も子も――」
カインが言い切らないうちにハルトが言葉を続ける。
「私に策があります」
ハルトは真剣な面持ちで言った。
「なっ!!どのような策だっ?!」
カインは思わぬ発言に驚きを隠せなかった。
「私が敵陣へ赴き、ワーズを怒らせて参ります」
三人はどよめいた。ハルトの発言は敵を挑発することにほかならない。いかに持久戦に持ち込むかを考えている連邦軍にとって、その提案は真逆の効果を招くものと思われた。
「ハルト殿、その真意をお聞かせ願いたい」
ダイモスが先を促した。
「私が挑発すれば、ワーズは心の中で怒り狂うでしょう。しかし、彼は冷静な男です。挑発と分かったら、かえって猜疑心を抱いて軍を動かせなくなるはずです」
一瞬、幕内が騒然とした。ハルトの進言は一筋の光のように思われた。しかし、この作戦は失敗すればハルトの身が危ない。そう思うと、誰も何も言えなかった。
「私のことなら心配はいりません。それに、私ももっと貢献したいのです!」
ハルトの意志は固かった。その熱意を感じ取ったカインは決断した。
「ではハルト殿、貴殿に頼もう。連邦の命運がかかっている。よろしく頼みます」
カインはそう言うとハルトの肩に手を置いた。大役を任されたハルトは、物怖じするどころか目を輝かせて活躍のときを待っているかのようであった。ハルトの申し出を皮切りに、幕内では夜遅くまで軍略会議が繰り広げられた。