第8話 社交界デビュー
王都の夜会は華やかだった。
大広間に吊るされたシャンデリアが光を落とし、磨かれた大理石に反射する。
音楽に合わせ、貴族たちが穏やかに言葉を交わしていた。
令嬢たちの装いも、洗練されている。
引き締められたウエスト。後ろへ流れる長いスカート。
上質な絹と刺繍が、落ち着いた気品を形にしていた。
それが、今の流行。
その入口に——
フェリシア・ルミエールは立っていた。
初めての夜会。
手袋の内側で、指先に力が入る。
(大丈夫……)
(ちゃんと作った)
胸の鼓動が少しだけ早い。
「フェリシア様」
クラリスの声に、息を整える。
そして——扉が開いた。
一歩、踏み出す。
その瞬間。
空気が、わずかに揺れた。
近くにいた令嬢が視線を向ける。
続いて、もう一人。
やがて、ざわめきが広がった。
そこに立っていたのは、金髪の令嬢。
透き通るような白い肌に、落ち着いた碧い瞳。
——そして、そのドレス。
スカートが、丸く広がっている。
床へ流れるのではなく、形を持って空間に浮かぶように。
裾には細やかなフリル。胸元には控えめなリボン。
すべてが軽やかにまとまっていた。
さらに——
頭には、ボンネット。
レースの縁取りが顔まわりを囲み、印象を柔らかく整えている。
会場の空気が、一瞬だけ止まった。
「……なに、あれ」
最初に漏れたのは、戸惑いだった。
だが、すぐに別の声が重なる。
「可愛い……」
「見たことない形……」
「でも、綺麗……」
視線が次々と集まる。
フェリシアはそれに気づき、わずかに頬を染めた。
(やっぱり目立つ……)
逃げたくなるほどではない。
けれど、落ち着かない。
それでも——笑われてはいない。
むしろ。
興味と驚きが入り混じった視線だった。
そのとき。
会場の奥から、一人の令嬢が歩み出る。
艶やかな黒髪。整った顔立ち。
一歩ごとに揺らぐことのない姿勢。
自然と、周囲が道を開けた。
ヴィオレッタ・アルディーニ。
侯爵家の令嬢。
この場で、その名を知らぬ者はいない。
彼女はフェリシアの前で足を止める。
視線が、ドレスの輪郭をなぞった。
広がるスカート。
顔まわりの装飾。
一瞬。
わずかに、眉が動く。
「……面白いわね」
短い言葉。
だが、それ以上は続かない。
理由は、まだ掴めていない。
ただ——
視線を引く。
無視できない。
それだけが、はっきりしていた。
ヴィオレッタはそのまま踵を返す。
(……何かが違う)
それだけを残して。




