第4話 『パニエという発想』
スカートは、広がらなかった。
——ただそれだけの事実が、フェリシアの思考を止めていた。
試作のドレスは、出来としては申し分ない。
生地も、縫製も、設計も。
それなのに——
裾は、静かに落ちている。
鏡の前で、フェリシアはスカートを持ち上げた。
離す。
——すとん。
あまりにも素直に、下へ落ちる。
「……違う」
小さく呟く。
こんな形ではない。
前世で見てきたロリータ服は、もっと——
丸く。
軽く。
空気を含むように、ふわりと広がっていた。
「……お嬢様」
背後から、クラリスの声。
「布を増やせば、改善するのでは?」
「違うわ」
フェリシアは即座に首を振る。
「量じゃない」
「では……?」
「支えがないのよ」
言葉にした瞬間、思考が止まる。
——支え?
その一言が、記憶を引き寄せる。
スカートの下。
中に履くもの。
形を作るための——
前世の記憶が、鮮明によみがえる。
試着室。
店員の声。
――「中にパニエを履きますね」
「……あ」
息を呑む。
「そうだ」
フェリシアは顔を上げた。
「中よ」
勢いよく振り返る。
「クラリス!」
「は、はい!」
「スカートの下に、もう一枚履いたらどうなると思う?」
「……下、ですか?」
「ええ。外側を支えるの」
フェリシアは手で円を描く。
「内側に“土台”を作って、形を持ち上げるのよ」
クラリスは困惑したまま首を傾げる。
「そのような衣服は、見たことがありません」
「私も、この世界では見たことがないわ」
にっこりと笑う。
「だから作るの」
その一言に、迷いはなかった。
フェリシアはすぐに机へ向かう。
「布を用意して」
「……今からですか?」
「今からよ」
◇ ◇ ◇
細長く切った布が、机の上に並ぶ。
フェリシアはそれを手に取り、腰に巻きつけた。
簡単なスカートの形。
そこへ——
帯状の布を、横に縫い付けていく。
一段。
二段。
三段。
「……お嬢様?」
「ちょっと試してるだけ」
手は止まらない。
軽く。
段状に。
空間を作るように。
やがて、簡素な下履きが形になる。
「これで……」
その上から、薄いスカートを重ねる。
すると。
——ふわり。
ほんのわずか。
だが確かに、布が浮いた。
「……今」
「え?」
「浮いたわ」
クラリスが鏡を見る。
確かに、形が変わっている。
「足りないわね」
フェリシアはすぐに手を動かす。
帯を増やす。
間隔を変える。
重なりを調整する。
何度も試す。
やり直す。
そして——
「これで」
試作ドレスをもう一度着る。
鏡の前へ。
一歩、下がる。
その瞬間。
——ふわっ。
スカートが、丸く広がった。
空気を含むように。
下から支えられ、自然に。
「……!」
クラリスが息を呑む。
「広がって……います」
「でしょう?」
フェリシアはくるりと回る。
スカートが揺れる。
軽やかに。
柔らかく。
花が開くように。
「すごい……」
思わず漏れる声。
「下に履くだけで、こんなに変わるなんて……」
フェリシアは鏡を見つめた。
まだ完璧ではない。
もっと美しくできる。
けれど——
(できた)
胸の奥が、静かに熱を帯びる。
ずっと憧れていた形。
前世で見てきた、あのシルエット。
「これよ」
ぽつりと呟く。
「この下着の名前」
少しだけ誇らしげに笑う。
「パニエっていうの」
クラリスはゆっくりと頷いた。
「……覚えておきます」
フェリシアはスカートに触れる。
ふわりと広がる布。
確かな手応え。
(これなら——)
完成すれば。
きっと。
王都の令嬢たちは、目を奪われる。




