第3話 広がらないドレス(最初の失敗)
その日の午後。
ルミエール侯爵家の屋敷では、小さな騒動が起きていた。
「……つまり、この形に仕立てればよろしいのですね?」
屋敷付きの仕立て職人が、困惑した表情で紙を見つめている。
フェリシアは満面の笑みで頷いた。
「ええ、そうよ」
机の上には、描き上げた設計図。
繊細なレース。
大きなリボン。
幾重にも重なるフリル。
そして——
優雅に広がる、大きなスカート。
職人は顎に手を当てた。
「……確かに面白い形です」
「でしょう?」
「ですが、このスカートは……」
慎重に言葉を選ぶ。
「ここまで広がるでしょうか」
フェリシアは迷いなく答えた。
「広がるわ」
にこり、と笑う。
「この生地なら、形を作れば出せるはずよ」
その自信に、職人は思わずクラリスを見る。
クラリスは小さく肩をすくめた。
(……私に聞かれても)
フェリシアは身を乗り出す。
「試してみましょう」
——その一言で、試作が決まった。
◇ ◇ ◇
数日後。
フェリシアの部屋に、大きな箱が運び込まれた。
「フェリシア様、試作が完成いたしました」
クラリスが蓋を開ける。
フェリシアの胸が高鳴った。
(ついに……!)
箱の中には、新しいドレス。
生成りの生地。
胸元のレース。
裾のフリル。
設計図通りの装飾。
そして何より——
たっぷりと布を使ったスカート。
(絶対、可愛い)
確信とともに言う。
「着てみます」
クラリスが手際よく手伝う。
背中の紐を締める。
リボンを整える。
「……できました」
フェリシアはゆっくりと姿見の前に立つ。
高鳴る鼓動。
鏡を見る。
そして——
固まった。
「……あれ?」
スカートが。
広がっていない。
むしろ——
普通に、下へ落ちている。
布は多い。
フリルもある。
見た目は確かに可愛い。
なのに。
(……広がらない)
フェリシアはスカートを持ち上げる。
離す。
ふわっと——
ならない。
すとん、と落ちる。
「……」
もう一度。
持ち上げる。
離す。
すとん。
「……」
ゆっくりと振り向く。
「クラリス」
「はい」
「……どう見える?」
クラリスは一瞬だけ言葉を選び、
正直に答えた。
「……とても上品なドレスです」
「そうね」
「ですが」
「ええ」
二人は、ぴたりと声を揃えた。
「「普通です」」
沈黙。
フェリシアは鏡を見つめる。
間違ってはいない。
でも、違う。
(どうして……?)
布は足りている。
縫製も問題ない。
それなのに。
(広がらない)
フェリシアは椅子に腰を下ろした。
「……おかしい」
設計は間違っていないはずだった。
けれど現実は、理想から遠い。
思考が回り始める。
(何かが足りない)
ドレスだけでは、あの形にはならない。
(下から……?)
ふと、違和感が引っかかる。
スカートの“中”。
支えるもの。
形を作るもの。
——けれど、思い出せない。
もう少しで届きそうなのに。
「フェリシア様……」
クラリスが心配そうに覗き込む。
フェリシアは答えず、スカートを見つめ続けた。
鏡の中には、
“綺麗だけれど普通のドレス”を着た自分。
唇を、わずかに噛む。
(……こんなはずじゃなかった)
そのとき。
頭の奥で、何かがかすかに繋がる。
広がるスカート。
あの形。
あれは——
「……あ」
小さく、声が漏れた。
けれど、その答えはまだ曖昧なまま。
輪郭が掴めない。
あと一歩なのに、届かない。
——こうして。
フェリシアの最初の試作は、
見事に失敗に終わったのだった。




