第2話 侍女クラリスの困惑
フェリシア様のご様子が、今日はどうにもおかしい。
それが、侍女クラリスの率直な感想だった。
侯爵令嬢フェリシア・ルミエール。
聡明で落ち着きがあり、感情をあまり表に出さない。
社交界でも評判の、理性的なお嬢様。
少なくとも——
ドレスを前にして、目を輝かせるような方ではない。
(……いえ)
クラリスはそっと目を細める。
(完全に輝いておりますわね)
見間違いではない。
むしろ、こちらが戸惑うほどに。
フェリシアは今朝用意した水色のドレスを、真剣な眼差しで見つめていた。
裾を持ち上げる。
縫い目をなぞる。
布を軽く引いて、落ち方を確かめる。
「縫製はとても綺麗ね……」
ぽつりと呟く。
「生地の張りも良い。この布なら形も出せそう」
その視線は、まるで職人のものだった。
(ここまで服を観察されるなんて……初めてですわ)
戸惑いが胸に広がる。
やがてフェリシアは、小さく頷いた。
「うん、やっぱり」
「……何かございましたか?」
クラリスが恐る恐る尋ねると、フェリシアは振り向いた。
その瞳は、わずかに楽しげに光っている。
「このドレス、とても素敵よ」
「ありがとうございます」
「でも——」
スカートの布を指でつまむ。
「少し、もったいないと思うの」
「……もったいない、ですか?」
「ええ」
やわらかく微笑む。
「技術も、生地も、こんなに良いのに」
そして、さらりと言った。
「もっと可愛くできると思うのよ」
クラリスは一瞬、言葉を失った。
可愛く?
これ以上?
その間にも、フェリシアは机へ向かっていた。
紙とペンを取り出すと、迷いなく線を引く。
「レースを増やして……」
さらさら、と。
「ここにリボンを重ねて……」
さらに線が重なる。
「スカートは、もっと広がる方がいいわね」
「広がる……?」
「ええ」
当然のように答える。
「この生地なら、構造を工夫すればもっと出せるわ」
紙の上に、見慣れない形が現れていく。
レース。
リボン。
段になったフリル。
そして——
大きく広がるスカート。
「……フェリシア様」
「なに?」
「そのお衣装は……」
クラリスは慎重に言葉を選ぶ。
「どちらの流行なのでしょうか」
フェリシアはきょとんとした。
「流行?」
「はい」
「違うわ」
あっさりと否定する。
「今、思いついたの」
「…………」
クラリスは沈黙した。
フェリシアは気にする様子もなく、ペンを走らせ続ける。
迷いのない線。
躊躇のない装飾。
やがて——
「できた」
満足げに紙を掲げる。
そこに描かれていたのは、
見たことのないドレスだった。
繊細なレースの胸元。
大きなリボン。
幾重にも重なるフリル。
そして何より——
優雅に、大きく広がるスカート。
クラリスは思わず瞬きをする。
「……これは」
フェリシアは楽しそうに言った。
「可愛いでしょ?」
確かに、可愛い。
だが——
「……その」
「うん?」
「この形は……本当に作れるのでしょうか」
フェリシアは迷いなく頷いた。
「もちろん」
さらりと言い切る。
「ちゃんと広がるわ」
クラリスはもう一度、絵を見る。
美しい。
理想的だ。
けれど——
(どうやって……?)
理解が追いつかない。
そのとき。
フェリシアが、楽しげに言った。
「さっそく作ってみましょう」
その一言が——
屋敷中を巻き込むことになる、
前代未聞の試作騒動の始まりだった。




