第19話 ヴィオレッタの思案
王都の貴族街。
午後のサロンでは、令嬢たちがお茶を楽しんでいた。
「見ました?」
一人の令嬢が、声を弾ませる。
「フェリシア様のドレス」
「ええ、もちろん」
別の令嬢が微笑む。
「とても可愛らしいわ」
ふんわりと広がるスカート。
胸元のリボン。
やわらかなボンネット。
最近では、街を歩けば目に入るほどになっていた。
「“フェリシアドレス”というそうね」
「仕立て屋も大変らしいわ」
「注文が絶えないとか」
楽しげな声が続く。
だが――
「でも……」
一人の令嬢が、扇子で口元を隠した。
「少し可愛らしすぎません?」
空気が、わずかに静まる。
「確かに……」
「お茶会には素敵だけれど」
「格式の高い場では、少し軽いかもしれないわね」
「年長の方には、どう見えるのかしら」
完全な否定ではない。
だが、そこには一線が引かれていた。
“可愛い”という評価と、
“ふさわしさ”という価値の間に。
そのとき――
「……そのお話、ですか?」
静かな声が差し込んだ。
振り返る。
そこに立っていたのは――
ヴィオレッタ・アルディーニ。
落ち着いた紫の髪。
揺らぎのない視線。
令嬢たちは、自然と姿勢を正した。
「ヴィオレッタ様」
「ごきげんよう」
挨拶が交わされる。
ヴィオレッタは静かに席についた。
「フェリシア様のドレス」
紅茶を手に取りながら、言う。
「よく見かけるようになりましたね」
「ええ、とても流行しています」
ヴィオレッタは小さく頷く。
「ふんわりとしたシルエット」
「軽やかな装飾」
言葉を選ぶように、わずかに間を置く。
「……魅力的です」
その評価に、令嬢たちはほっとしたように微笑む。
だが――
「ただ」
ヴィオレッタは続けた。
「方向が、はっきりしていますね」
令嬢たちが首をかしげる。
ヴィオレッタはカップを置いた。
「“可愛らしさ”を中心に組み立てられている」
「とても分かりやすく、強い形です」
その言葉は、称賛だった。
だが同時に――分析でもあった。
「では、ヴィオレッタ様は?」
一人の令嬢が問いかける。
「同じようなドレスをお作りになりますの?」
ヴィオレッタは、わずかに微笑んだ。
「いいえ」
即答だった。
「同じものを作る意味はありません」
その声は静かで、揺るがない。
「ですが――」
ほんの少しだけ、目を細める。
「別の方向は、考えられそうですね」
令嬢たちは顔を見合わせた。
“別の方向”。
その言葉の意味を、すぐには掴めない。
だが――
それがただの感想ではないことだけは、理解できた。
その頃。
公爵家の庭。
フェリシアは椅子に座り、本を読んでいた。
クラリスがそっと近づく。
「フェリシア様」
「はい?」
「社交界で、少し話題になっているようです」
「ドレスのことですか?」
「はい」
クラリスは少し言葉を選んだ。
「とても可愛いという声が多いのですが……」
「ですが?」
「少し幼く見える、という意見も」
フェリシアは一瞬だけ考え――
ふっと微笑んだ。
「そうかもしれませんね」
驚きも、戸惑いもない。
ただ、納得したような表情だった。
「私は、“可愛い”が好きですから」
その一言に、迷いはなかった。
クラリスも、やわらかく微笑む。
「ええ、とてもフェリシア様らしいです」
フェリシアは本を閉じる。
空を見上げた。
(でも――)
王都には、すでに増えている。
ふんわりと広がるスカート。
やわらかな装い。
“可愛い”という選択。
(もっと、できるかもしれない)
新しい形。
新しい可愛さ。
まだ見えていない何か。
一方。
サロンを後にしたヴィオレッタは、馬車に乗り込んでいた。
窓の外。
通りを歩く令嬢の姿が映る。
広がるスカート。
揺れるリボン。
ヴィオレッタは静かにそれを見つめた。
「……強いわね」
小さな呟き。
可愛らしさは、人を引き寄せる。
分かりやすく、広がりやすい。
だからこそ――
「同じ土俵には立たない」
視線を前へ戻す。
「別の美しさを作る」
静かな決意。
流行の外側から、形を変えるために。
馬車がゆっくりと動き出す。
王都では今。
一つの流行が広がっている。
そして同時に――
それとは異なる美を求める者もまた、動き始めていた。
ヴィオレッタ・アルディーニ。
彼女もまた。
新しい“美しさ”を、作ろうとしていた。




