第18話 注文殺到
王都の仕立て屋。
その朝、店の扉が開いた。
「失礼するわ」
入ってきたのは、若い貴族令嬢だった。
「フェリシア様のドレスをお願いしたいのだけれど」
店主は一瞬、きょとんとする。
「フェリシア様の……?」
「ええ。あの、スカートがふんわり広がるドレス」
「ああ……あれですか」
店主は頷いた。
試着会のあと、その話は王都に広がっていた。
ふんわりと広がるスカート。
軽やかに揺れる裾。
そして、顔まわりを彩るボンネット。
あの一式の装い。
「では、採寸を――」
そう言いかけた、そのとき。
扉が、また開いた。
「すみません、私も注文を」
振り返ると、別の令嬢が立っている。
さらに。
「私もお願いしたいのだけれど」
「私もですわ」
「順番にお願いできますかしら?」
気づけば、店の中には令嬢たちが並んでいた。
店主は固まる。
「……え?」
若い職人が、小さく呟く。
「店主」
「……はい」
「増えてます」
視線を外へ向ける。
店の前には、馬車が並んでいた。
次々と令嬢たちが降りてくる。
「ちょ、ちょっとお待ちください!」
店の中は、一気に慌ただしくなった。
「順番にご案内いたします!」
「採寸はこちらへ!」
「布の色はこちらからお選びください!」
令嬢たちの声が重なり、空気が一気に熱を帯びていく。
「この形がいいの」
「リボンは大きめで」
「ボンネットも一緒にお願いしたいわ」
求められているのは、ただのドレスではない。
あの形、そのまま。
「フェリシア様のドレス」
若い職人が、思わず息を吐いた。
「……すごいな」
「だろうな」
年配の職人が、軽く笑う。
そして、ぽつりと呟いた。
「……でもよ」
若い職人が顔を上げる。
「はい?」
「ちゃんと作れよ」
それだけだった。
だが、その視線は机の上に向けられている。
パニエ。
ジャンパースカート。
ブラウス。
そしてボンネット。
若い職人は、小さく息をのんで頷いた。
「……はい!」
店の中では、すでに採寸が始まっている。
布が広げられ、色が選ばれ、
新しい“可愛い”が、次々と形になろうとしていた。
――その頃。
侯爵家の屋敷でも、小さな騒ぎが起きていた。
「フェリシア様……」
クラリスが、手紙の束を抱えている。
「どうしました?」
机の上に、それを置いた。
どさり、と音がする。
「……増えました」
フェリシアは首をかしげる。
「お手紙ですか?」
「はい」
クラリスは一通を差し出した。
フェリシアは目を通す。
「ドレスを注文したい」
次の手紙。
「ボンネットもお願いしたく」
さらに。
「フェリシア様の装いを、ぜひ」
フェリシアはぱちぱちと瞬きをした。
「……たくさんですね」
クラリスは、少しだけ微笑む。
「王都の令嬢たちが、皆欲しがっているそうです」
フェリシアは、少し考えた。
それから、窓の外を見る。
王都の街並み。
(広がってる……)
最初は、一着だった。
パニエを入れて。
形を整えて。
組み合わせを変えて。
頭まで揃えた。
その“ひとつの形”。
それが今、誰かのものになろうとしている。
クラリスが言った。
「皆、こう呼んでいるそうです」
「――フェリシアドレス、と」
フェリシアは少し驚いた。
「まあ……」
そして、くすっと笑う。
「少し恥ずかしいですね」
けれど。
その名前は、もう広がっている。
仕立て屋で。
茶会で。
夜会の控室で。
「フェリシアドレスが欲しい」
その言葉が、当たり前のように使われ始めていた。
ふんわりと広がるスカート。
揺れるリボン。
顔を縁取るボンネット。
すべてが揃って、ひとつの装い。
そして——
ひとつの流行。
こうして。
フェリシアドレスは、王都に広がっていった。




