第11話 公爵令嬢の視線
ざわめきが、ふと途切れた。
大広間の奥。
人の流れが、自然と割れる。
そこを歩いてくる令嬢がいた。
ミレーユ・ド・ラヴァリエ。
公爵家の令嬢。
その名だけで、場の空気が整う。
深紅のドレスが、灯りを受けて揺れる。
華美ではない。
だが——目を逸らせない。
令嬢たちが、小さく息を呑む。
「ミレーユ様……」
その視線は、ただ一人に向けられていた。
フェリシア・ルミエール。
輪の中心で、少し困ったように微笑んでいる。
ミレーユは足を止める。
自然と、道が開いた。
二人の間に、静寂が落ちる。
フェリシアの胸が、わずかに高鳴る。
(公爵令嬢……)
ミレーユは、ゆっくりと視線を下ろした。
スカートの広がり。
裾の落ち方。
全体の均整。
一瞬で、十分だった。
そして——
ふっと、口元が緩む。
「好きよ」
その一言で、空気が変わった。
ざわめきが遅れて広がる。
誰もが、その意味を理解していた。
それは感想ではない。
——評価だ。
フェリシアは、思わず瞬きをする。
(……本当に?)
ミレーユは一歩、距離を詰めた。
「この形」
視線はドレスへ。
「どこから見ても、崩れないのね」
短い言葉。
だが、見抜いている。
「仕立て屋は?」
問いは簡潔だった。
フェリシアは答える。
「屋敷の者です」
一拍。
「デザインは、私が」
それは、すでにこの場で知られている事実だった。
だが——
改めて口にされると、重みが違う。
令嬢たちの視線が、もう一度ドレスへ向かう。
「やはり……」
「本当にご自身で……」
先ほどの驚きとは違う。
納得と、再評価。
ミレーユは一度だけ頷いた。
「ええ、聞いているわ」
すでに理解している口ぶり。
それでも——
もう一度、ドレスへ視線を落とす。
「だからね」
短く、そう言った。
既存の形ではない。
だが、完成している。
その理由は、もう十分だった。
ミレーユは、フェリシアへ視線を戻す。
わずかに微笑む。
「ええ、可愛らしいわ」
その言葉は、先ほどとは違う。
ドレスではなく——
フェリシア自身へ向けられていた。
空気が変わる。
令嬢たちの視線が、一段熱を帯びる。
今夜。
この場で。
一つの評価が、確定した。




