お母さま
「ふふっ、邪魔しちゃってごめんね。実はさっき、佐藤さんから上質な羊羹をいただいたの。それで帰ってきたら、貴女の以外に見覚えのない靴があるから、知乃が連れてきたお客さまかなって。それで、折角だしお客さまにも、と思って持って来たの」
「……まあ、そういうことなら仕方ないね」
その後、楽しそうな笑顔のままお越しになった理由を説明なさるお母さま。その手には、優しい色彩の花鳥が描かれた可愛らしい紙袋が。先ほど仰っていた、上質な羊羹が入っているのだろうけど……でも、僕もいいのですか? 僕ごときの舌では、いわゆる高級品とそうでないものの違いは分から……まあ、この状況で断る方が良くないだろうけども。
ともあれ……うん、やっぱり似てる。というか、知乃先輩がお歳を重ねたらそのままお母さまのようになる感じすらして。……その時、彼女の隣にいるのは――
「――静河陽奈くん、だよね? 知乃から話は聞いてるわ。いつも知乃の仲良くしてくれてありがとね」
「あっ、いえそんな! その、僕……いえ、私が知乃先輩に仲良くしてもらっていて……その、私にとって本当に憧れの女性で……」
「ふふっ、ありがとう陽奈くん。娘のことをそんなふうに言ってもらえるのは、親として本当に嬉しいわ」
すると、不意にお言葉が届き慌てる僕。……いや、不意にも何もない。そりゃあ、この状況なら話しかけるよね。
だけど、僕にしては良い返しができたのかなと。お母さま自身も嬉しいと言ってくださっているし、そのご様子からも社交辞令、という感じでもなさそうだし。……ふぅ、よかった。
その後、ややあって柔らかな笑顔と共にお部屋を後にするお母さま。だけど、扉の前でふと振り返り視線を向ける。知乃先輩、ではなく僕へと。そして、僕を見つめたまま温かな微笑でお言葉を紡ぐ。
「――そうそう、まだ言ってなかったけど……とっても似合ってるわ、その衣装」
「ふふっ、すっごい焦ってたね陽奈くん。うっかり僕って言っちゃいそうになってたし」
「……まあ、流石に急でしたし……」
それから、ほどなくして。
円卓を挟み、和やかに会話を交わす僕ら。そんな僕らの前には、先ほどお母さまにいただいた羊羹がそれぞれ置かれていて。……うん、美味しい。味の違いが分かる舌なんて持ち合わせてないけど、それでもこれが相当に美味しいのは流石に僕でも分かって……ありがとうございます、お母さま。
ところで……急ではあったものの、ここは知乃先輩のお家――なので、さっきのような展開は全く予想できないような展開でもなく。なのにあれほど慌ててしまったのは、僕が油断していたからという他なく……うん、これからはもっと気をつけ――
「……ん? どうかした? 陽奈くん」
「……あ、その」
ふと、そう問いかける知乃先輩。……いや、慌ててたからか、さっきまでは気づかなかったけど――
「……お母さま、僕を陽奈くんと……」
「ふふっ、気づいたんだね」
そう言うと、待ってましたと言わんばかりに微笑む知乃先輩。……と、いうことは――
「うん、ちゃんと伝えてるよ。君が男の子だっていうことも、私の彼氏だっていうことも」
「……そう、なのですね」
そう、楽しそうな笑顔で説明をなさる知乃先輩。つまりは、この女性用の可愛い衣装を纏う僕が男だとご存知の上で、軽蔑どころか似合ってるとさえ言ってくださって……うん、本当に――
「……ねえ、陽奈くん。まさかとは思うけど……惚れたりしてないよね? お母さんに」
「……へっ? あっ、いえいえとても素敵なお母さまですし甚く感謝もしていますが、ですが決してそのような感情を抱いているわけではなく! その……僕が好きなのは、知乃先輩だけですので」
「……そ、そっか……うん、それならいいけど……」
すると、怪訝な目でそう問いかける知乃先輩。どうやら、僕の様子からそのような疑念を……えっと、そんな表情してました? いや、とても素敵なお母さまですし甚く感謝もしていますが、もちろん僕は知乃先輩のことが……うん、付き合ってるとはいえ、ちょっと恥ずかしいね。改めて好きって言うの。




