追憶
――いつからか、正確には覚えていない。だけど――いつからか、羨ましくなっていた。女の子の服とかリボンとかキーホルダーとかが、いつからか……うん、じっと見てたら気持ち悪がられたこともあったっけ。
……それでも、気がついたらチラチラ見てしまっていて。いいなぁ、可愛いなぁ……僕も、ああいう服が着たいなぁ、なんて思った。でも、口には出さなかった。こんな僕の気持ちがおかしい、気持ち悪い類の感情らしいことは、当時から口に出して確認するまでもなく分かってしまっていたから。
そして、小学三年生のある夏の放課後――図書館で本を読んでいたら、ふと話しかけてきたのは羨ましくなるくらいに可愛い女の子。今や、僕の大切な親友たる藤沢海月で。僕の読んでた少女漫画が好きだと、とても嬉しそうに話してくれたのを今でも鮮明に覚えている。
その日から、僕らは話すようになった。特に漫画――その中でも、とりわけ少女漫画について数え切れないほど盛り上がって。お互いの家で、同じ漫画を一緒に読んだりもして。
だけど……それなのに、ずっと隠したままだった。僕が、とりわけ少女漫画に夢中になった一番の理由――それが、きっと僕自身があのキラキラした主人公のようになりたかったから、だということを。
「……そう、だったんだ」
「……うん。ごめんね、今まで黙ってて……」
僕の話を終え、ややあってそう口にする海月。……まあ、驚くよね。突然、幼馴染みで親友でもある僕からこんな告白をされてしまったら。
「……ううん、謝るのは私の方。ごめんね、陽奈。ずっと一緒にいたのに、気づいてあげられなくて」
「……海月」
すると、ややあってそう口にする海月。でも、海月が謝る必要なんてない。悪いのは、ずっと隠していた僕の方で――
「……ねえ、陽奈。こういうことって、聞いていいのか分からないんだけど……女の子に憧れてるけど、心自体は男の子ってことでいいのかな? 身体も心も男性として、女性の三朝先輩のことを好きになった、ってことでいいのかな?」
そんな罪悪感の最中、言葉の通り躊躇いつつ尋ねる海月。少し唐突には感じたけど、その内容自体は驚くものじゃない。僕が、身体は男性だけど心が女性――つまりはトランスジェンダーというわけではない、ということを確認しているのだろう。なので――
「……うん、そうだよ。僕は、男性として知乃先輩を好きになったんだ。身体も心も、男性として」
そう、本心から返事を口にする。……僕は、女の子に憧れている。女の子みたいになりたいと、本気で思ってもいる。……それでも、僕は男性として知乃先輩のことを好きになった――これは、間違いなく確信を持って言えることだから。
「……うん、そっか。これも、言っていいのか分かんないんだけど……うん、だったらよかった……」
すると、ポツリと呟く海月。笑顔ではあるものの、その綺麗な瞳には透明な雫が湛えられていて。
ちなみに、断言してもいいけど――海月は、トランスジェンダーに対し否定的に考えているわけじゃない。それでも……僕に対する彼女の気持ちを思えば、トランスジェンダーじゃなくてよかったと思うのはきっと自然なことで。……ごめん、海月。本当に、ごめ――
「……ねえ、陽奈。振られた後に言うような内容じゃないと思うんだけど……でも、一つお願いがあるんだ」
「――おはよう、陽奈!」
「……おはよう、海月。ごめん、待たせちゃった?」
「ううん、気にしないで私が早く来すぎただけだし」
それから、数日経た休日の朝。
家の近くの緑豊かな小さな公園にて、朗らかな笑顔で僕に手を振る端麗な少女。余裕を持って早く来たつもりではあったけど、海月はもっと早かったみたいで……うん、申し訳ない。
「……似合ってるよ、陽奈。すっごく可愛い」
「……ありがとう。海月も、すごく似合っててすごく可愛い」
「ふふっ、何それ。私はいつも通りだよ?」
その後、ほどなくそう告げる海月。彼女が褒めてくれたのは、僕の衣装――初めて海月に披露した、薄桃色の可愛いワンピースを纏う僕に対してで。……うん、ありが――
「……へっ?」
「……今日くらい、いいでしょ?」
刹那、ポツリと声をもらす僕。海月が、さっと僕の手を取ったからで。そして、僕の返事を待つことなく太陽のような笑顔で言葉を紡ぐ。
「――それじゃあ、行こっか。最後のデートに」




