対立
「――わざわざ来てもらってすみません、三朝先輩」
「ううん、気にしないで。それに……いつかはこうなるかな、と思ってたし」
八月下旬の、麗らかなある昼下がり。
体育館の裏にて、丁寧に頭を下げそう口にする長い黒髪の女の子。本来なら仲良くなりたいなと思う、同性として憧れちゃうようなとても綺麗な女の子で。
……でも、残念ながらそうもいかないようで。と言うのも――頭を上げ私を見つめるその瞳には、勘違いでは説明できないほどの明確な怒気が宿っているから。
……まあ、仕方ないけど。彼女にとって、きっと私はどうあっても好意的には思えない相手だろうし。それでも、怯むことなくその瞳を見つめ返し言葉を紡ぐ。
「――それで、大事な話があるんだよね? 藤沢さん」
『……あの、知乃先輩。その、本当に申し訳ないのですが、実は……』
数日前の夜のこと。
スマホ越しに、言葉の通り申し訳なさそうに話す男の子。私の恋人たる可愛い後輩、静河陽奈くんで。
さて、お話を聞くに――どうやら、友人の女の子とお部屋で二人きりで宿題をすることに関し、恋人である私に申し訳なさを感じているようで。……ふふっ、陽奈くんらしいなぁ、ほんと。こうして、わざわざ連絡してくる律儀さとかも。
ともあれ、二学期の始業式である今日、藤沢さんからこうして呼び出しを受けたわけだけど――恐らくは、この日のことが関係しているのかなと。きっと、陽奈くんも厳重に隠していたとは思うけど……それでも、そもそも藤沢さんがこの日、《《それを確認するために》》陽奈くんの家に行っていたとしたら、隠し通すことはきっと相当に難しい。それに、藤沢さんは陽奈くんの幼馴染みであり親友――隠すとしたらどこに、なんて思考も彼女ならさほど難なく読めるかもしれないし。そして、それを確認したとすれば、彼女の用件はきっと――
「――三朝先輩のせいですよね? 陽奈が変わっちゃったのは」
そう、鋭い瞳で尋ねる藤沢さん。……いや、尋ねてるわけでもないんだろうけど。少なくとも、彼女の中では既に確固たる事実なんだろうし。ともあれ、私の返事を待つことなく彼女は続けて言葉を紡ぐ。
「……分かってましたけど、改めて見るとほんと綺麗ですよね。こう、同じ女として憧れちゃうくらい。……うん、陽奈が惚れちゃうのも無理ないか」
「……藤沢さん」
「……だから、付き合うだけなら口出しするつもりなんてなかった。……すっごい嫌だけど、それでも最終的にはどうにか祝福するつもりだった。だけど……」
「……だけど?」
「……貴女と付き合ってから、陽奈は変わった。陽奈はおかしくなった。貴女のせいなんでしょ? 陽奈が女装なんてするようになったのは」
「……うん、そうだね」
明確に怒気を孕んだ彼女の言葉に、流石に少し怯んでしまう。……きっと、どこかで女装時の陽奈くんを見かけたのだろう。そして、恐らくだけど、今のところ陽奈くんが女装をするのは私といる時だけ――なので、女装時の彼の隣にはきっと私がいたはず。ならば、彼の女装の原因が私であるという結論に至るのはごく自然なことで。それで、女装に関し改めて確認すべく、一緒に宿題をするという口実で彼の部屋にお邪魔した、っていうところかな。
ともあれ、どこでバレたかだけど……もしかして、あの時かな? あのお祭りの時、藤沢さんも彼氏と一緒に来てたわけだし。あの時はバレずに済んだと思ってたけど、実はどこかで……まあ、考えても仕方ないか。どこで、なんて知ったところで何の意味もないわけだし。そんなことより――
「……返してよ」
「…………」
「……私の陽奈を……返してよ……」
そう、声を震わせ告げる藤沢さん。その表情や声音からも怒り、そして悲しみが痛いほどに伝わって。……返して、か。まあ、彼女にとってはそういう認識なのかもね。……だけど、
「……ねえ、藤沢さん。もしかして、なにか思い違いをしてないかな?」
「…………は?」
そう尋ねると、呆気に取られた表情で声を洩らす藤沢さん。そんな彼女の疑問に答えるように、続けて私は言葉を紡ぐ。
「……確かに、陽奈くんが女装をするようになったのは私のせい。そこに関しては否定するつもりもないし、貴女に恨まれても仕方ないと思ってる。……そもそも、好きになってもらえるとも思ってないけどね。貴女にとっては、私は恋敵なわけだし」
「……っ!!」
「……もしかして、気づいてないと思った? いや、流石に分かるよ? 咲宮くん、だっけ? 彼と付き合ってるっていう話みたいだけど……それって、表向きなんだよね?」
「…………」
刹那、ハッと目を見開く藤沢さん。……いや、流石に分かるよ? そもそも、さっき自分で言ってたし。陽奈くんと私が付き合ってるのが嫌だって。
……まあ、そんなのなくても分かってたけど。もちろん、藤沢さんのことも咲宮くんのこともさほど知ってるわけじゃない。それでも――少なくとも、あの祭りの日も含め何度か見かけた二人でいる時の様子に恋人のような雰囲気はまるでなかった。もちろん、私の目が節穴である可能性も十分にあるけど……たぶん、これに関しては節穴ではなく――
「……これは、あくまで私の憶測。だから、間違ってたら遠慮なく否定してほしいんだけど――貴女が咲宮くんと付き合ってる振りをしていたのは、陽奈くんを振り向かせるためだったんじゃないかな?」
「…………」
そう言うと、私を見つめたままぎゅっと口を結ぶ藤沢さん。どうやら、大方間違ってなかったようで。……でも、それは悪手じゃないかな? そんなことしたら、陽奈くんならむしろ二人の邪魔をしないよう一定の距離を取っちゃいそうだし。……まあ、気持ちは分からないでもないけどね。
「……それで、何が勘違いなんですか?」
すると、ややあってそう問いかける藤沢さん。話題を逸らしたかった、というのもあるかもしれないけど、単純にさっきの私の発言が気になってもいたのだろう。ともあれ、相手から本題に戻してくれたので説明すべく口を開き――
「――待ってください、知乃先輩!」
刹那、後方から響く声。誰の声……なんて、確認するまでもない。それでも、驚きつつ振り返ると――
「……僕が、お話しします……」
そう、息を切らしつつ口にする可憐な少年――私の大切な恋人たる、静河陽奈くんの姿があって。




