追放された聖女のフリをしていたら、実は追放された王子も平民のフリをしていて、二人で辺境の村を最強国家にしてしまった件
追放の日は、雨だった。
神殿の白い石畳が濡れて光っている。リゼットは荷物の入った小さな袋を抱えたまま、大神官の冷たい視線を受けていた。
「貴女の聖女としての力は、もはや我々の期待に応えられるものではありません。今日をもって、神殿との契約を解除いたします」
契約解除。
追放、という言葉を美しく言い換えただけ。
リゼットは何も言い返せなかった。確かに最近、治癒の光が以前より弱くなっていた気がする。疲れているだけだと思っていたのに。
「リゼット様がいなくなって困るのは神殿の方では?」
そう庇ってくれた見習い神官は、その場で叱責された。リゼットは彼女に迷惑をかけたくなくて、黙って神殿を後にした。
雨に打たれながら王都の門を出る。行く当てもない。ただ、人の少ない場所へ、誰も自分を知らない場所へ行きたかった。
辺境の村に辿り着いたのは、三日後のことだった。
村は小さく、静かで、人々の顔は穏やかだった。
「あの、少しの間、この村に滞在させていただけませんか」
リゼットが村長の家を訪ねると、皺だらけの老人は優しく微笑んだ。
「ああ、もちろんだとも。ちょうど空き家があってね。掃除すれば住めるよ」
そう言って案内されたのは、村外れの小さな家。屋根は少し傾いでいたが、雨風は凌げそうだった。
「ありがとうございます」
「困ったときはお互い様さ。それに――」
村長は何かを言いかけて、少し目を細めた。
「君みたいな子が来てくれて、嬉しいんだよ」
その言葉の意味が分からないまま、リゼットは新しい生活を始めた。
翌朝。
リゼットが井戸で水を汲んでいると、隣の家から青年が出てきた。
黒い髪に青い瞳。整った顔立ちだが、どこか疲れたような影がある。
「おはよう。昨日来た人だね」
「あ、はい。リゼットといいます」
「エリオだよ。俺もこの村に来て半年くらいかな」
エリオは柔らかく笑った。その笑顔には、リゼットと同じ種類の寂しさが滲んでいた。
「もしよかったら、村のこと教えてあげるよ。まだ慣れないでしょう?」
「ありがとうございます」
こうして二人の関係が始まった。
エリオは親切だった。
畑の耕し方、村で使える井戸の場所、週に一度来る行商人のこと。何でも教えてくれる。
「エリオさんは、どうしてこの村に?」
ある日、リゼットが尋ねると、彼は少し目を伏せた。
「俺も、前にいた場所で必要とされなくなってね」
「……そうなんですか」
「リゼットさんも?」
「はい」
それ以上は聞かなかった。聞かれなかった。
互いの傷に触れないまま、二人は少しずつ距離を縮めていった。
ある日、村の少年が畑仕事中に大怪我をした。
「足が、足が折れた……!」
村人たちが慌てる中、リゼットは駆け寄った。
「私が見ます」
少年の足に手を当てる。温かい光が溢れた。それは神殿にいた頃より、むしろ強く、優しく、少年を包み込んだ。
「え……嘘……」
折れていた骨が、見る見るうちに繋がっていく。
「痛く、ない……」
少年が目を丸くする。村人たちも息を呑んでいた。
リゼットは慌てて手を引いた。
「あの、少し、治癒の心得があって……」
「すごい! 聖女様みたいだ!」
子供たちが目を輝かせる。リゼットの心臓が跳ねた。
聖女。
その言葉はもう、自分を指すものではないはずなのに。
「リゼットさん」
エリオが優しく声をかけた。
「無理しなくていいよ。でも、ありがとう」
その言葉に、リゼットの胸が温かくなった。
それから村人たちは、ことあるごとにリゼットを頼るようになった。
怪我、病気、作物の不調。リゼットの治癒魔法は、全てに応えた。
不思議なことに、神殿にいた頃より力が強くなっている気がした。もしかして、あの場所が自分に合っていなかっただけなのかもしれない。
「リゼットさんがいてくれて、本当に助かるよ」
村長が何度も礼を言う。
「いえ、私こそ。ここにいさせてもらって」
本当は、自分の方が救われていた。
エリオもまた、村で重宝されていた。
彼は魔力がないと言っていたが、剣の腕は抜群だった。村を荒らす魔物を、まるで遊ぶように倒していく。
「エリオさん、強いんですね」
「そんなことないよ。ただの護衛みたいなものさ」
彼は謙虚に笑ったが、村人たちの目は尊敬に満ちていた。
二人で畑仕事をする日が増えた。
リゼットが種を蒔き、エリオが耕す。
「この村、本当に良いところですね」
「うん。静かで、誰も俺たちの過去を知らない」
エリオが空を見上げる。
「リゼットさんは、前にいた場所に戻りたいとは思わない?」
「……いいえ」
即答だった。
「もう、あそこには私の居場所はありません」
「そっか」
エリオは優しく微笑んだ。
「俺も同じだよ」
その瞬間、リゼットの胸に何かが灯った。
この人も、自分と同じ痛みを抱えている。
そして、それを乗り越えようとしている。
季節が変わった。
村は豊かになった。リゼットの治癒で作物は育ち、エリオの護衛で村人は安心して暮らせた。
「ねえ、リゼット」
ある夕暮れ、エリオが呼んだ。
「なんですか?」
「この村で、ずっと一緒にいてくれる?」
リゼットの心臓が跳ねた。
「それは……」
「俺、君がいてくれて嬉しいんだ。一緒にいたい」
エリオの顔が少し赤い。
リゼットも頬が熱くなった。
「私も……です」
二人の距離が、また少し縮まった。
そんなある日。
村に豪華な馬車が到着した。
「リゼット様はおられますか!」
神殿の使者だった。
リゼットの顔が強張る。エリオが隣に立った。
「どういうご用件ですか」
使者は慌てた様子で言った。
「リゼット様、どうか神殿にお戻りください! あなた様の治癒の力がなければ、神殿は……!」
「お断りします」
リゼットは即答した。
「私はもう、神殿の聖女ではありません」
「しかし!」
「それに、私にはここでやるべきことがあります」
リゼットはエリオを見た。彼は優しく微笑んでいた。
「お引き取りください」
使者は渋々、馬車に戻った。
その数日後、今度は別の馬車がやってきた。
王城の紋章を掲げた、豪奢な馬車。
「エリオ様!」
エリオの顔が僅かに曇った。
「……何の用だ」
「お戻りください! 王城には、あなた様の剣の腕が必要なのです!」
「断る」
エリオの声は冷たかった。
「俺を追放したのはそちらだろう。今更何を言っている」
「あれは誤解でした! どうか……!」
「帰れ」
エリオは言い切った。
馬車は去って行った。
二人きりになって、エリオがリゼットに向き直った。
「リゼットさん、実は……俺、元は王城にいたんだ」
「え……」
「王子、だった。でも魔力がないって理由で追放されて」
リゼットは息を呑んだ。
「私も……実は、聖女でした。でも力が弱いって、追放されて……」
「そうだったんだ」
二人は見つめ合った。
そして、同時に笑った。
「なんだ、お互い様だったんですね」
「ああ、そうだな」
エリオがリゼットの手を取った。
「でも、もう過去は関係ない。ここで、一緒に生きていこう」
「はい」
リゼットは頷いた。
それから数ヶ月。
村はさらに発展した。リゼットとエリオの噂を聞きつけて、移住者が増えたのだ。
小さな村は、いつの間にか町と呼べる規模になっていた。
「リゼット様、エリオ様、ありがとうございます!」
村人たちが感謝を口にする。
二人は顔を見合わせて、笑った。
ある満月の夜。
エリオがリゼットを村の丘に誘った。
「リゼット、俺と結婚してくれないか」
月明かりの下、エリオが跪いた。
「俺たちは、王城や神殿に戻る必要はない。ここで、二人で幸せになろう」
リゼットの目に涙が溢れた。
「はい……!」
二人は抱き合った。
それから間もなくして。
王城と神殿から、再び使者がやってきた。
「どうか、お二人とも戻ってきてください!」
「今度こそ、最高の待遇を……!」
だが、リゼットとエリオは首を横に振った。
「私たちには、もうここが居場所です」
「帰ってください」
使者たちは項垂れて帰って行った。
リゼットとエリオは、村で結婚式を挙げた。
村人たち全員が祝福してくれた。
「幸せだね」
「ええ、本当に」
二人は手を繋いで、新しい人生を歩み始めた。
追放されて、全てを失ったと思っていた。
でも、本当に大切なものは、ここで見つけたのだ。
――王城と神殿がどうなったかは、知らない。
それは、もう二人には関係のないことだった。
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