クロノスリリィ外伝 『母と3人の娘たち』 【第2章・第1話『軋むクロノス』】
クロノスリリィ外伝 『母と3人の娘たち』
本日、第二章スタートです
第一章の明日香と同時期の加奈子の物語です
警報が鳴り響く。
耳を刺す電子音が天井を震わせ、会議室の空気を細かく裂いた。壁一面のモニターには〈クロノス〉の異常値が赤く点滅し、規則正しかったはずの波形が不規則に跳ねている。低く軋むような機械音が床下から伝わり、まるで建物そのものが呼吸を乱しているかのようだった。
「……クロノス、想定より不安定ね……」
加奈子は画面を前に、深く息を吐く。指先がわずかに冷たい。数値は嘘をつかない。だが、意味を解釈するのはいつも人間だ。
会議室の端では研究員たちが慌ただしくデータを照合していた。
「海外の村で、一晩で人口の半分が消失……原因は特定できていません」
「同時刻に、複数地点で“時計が止まる”現象が報告されています。時間の乱れが顕著です」
「失敗回数も増加しています……このままでは臨界に――」
言葉が途切れる。誰もが続きを知っているからだ。
クロノスは世界の時間を補正する中枢システム。微細な誤差を吸収し、因果の歪みを整えるために設計された。だが今、その補正そのものが綻び始めている。時間のほころびは、やがて現実の破断になる。
加奈子は椅子に身を沈める。
世界の異常と、自分の責務。その重さが胸の奥で静かに釣り合わない。
「何を優先すべきか……」
誰にともなく呟く。
「何かを犠牲にする覚悟が、私にあるのか……」
守るべきは秩序か、人か。
理論は答えを示す。だが、決断は理論だけでは下せない。
モニターの赤が一段と強く瞬く。波形が乱れ、補正値が跳ね上がる。
この異常は、刻一刻と拡大している。遠い国の出来事ではない。やがてここにも及ぶ。誰も逃れられない。
「継続監視を。全セクション、データを共有して」
加奈子の声は静かだった。静かなまま、会議室を貫く。
やがて会議は終わる。椅子の擦れる音が残響のように広がり、研究員たちは散っていった。
最後に残った赤い点滅が、ゆっくりと消灯する。
研究棟を出ると、夜気が頬を撫でた。冷たい。
遠くの街灯が滲んで見えるのは、疲労のせいか、それとも。
足取りは重い。だが、家の灯りを思い浮かべると、わずかに歩幅が整う。
玄関の向こうには、小さな温もりが待っている。
明日香との、ほんのひとときの平穏。
世界が軋んでいても、守りたい時間がある。
それがどれほど脆くても。
――クロノスの波形は、今もどこかで揺れている。
その揺らぎが、やがて何を奪うのか。
まだ、誰も知らない。
読んでいただきありがとうございます
猫田笑吉(=^・^=)




