クロノスリリィ外伝 『母と3人の娘たち』 【序章・第六節 膨大な因子と朽ちる守護者】
この物語は、時間と選択、そして守ろうとする想いを軸に描いています。
書き進める中で、物語の芯に対してわずかなズレを感じる部分があり、
今回、その点を静かに整えました。
物語の本筋や結末に影響するものではありませんが、
登場人物たちの感情や世界の流れが、
より自然に伝わる形になったと思います。
初めての方も、再訪の方も、
この世界に少しでも浸っていただけたら嬉しいです。
第6節:膨大な因子と朽ちる守護者
閃光が収まったあと、研究区画には重たい静寂が残っていた。
焦げた匂い。 空気に漂う微細な粒子。 耳の奥で、まだ高い音が鳴り続けている。
――事故は、起きた。
それだけははっきりしているのに、
目の前の光景が、どうしても現実だと認識できなかった。
床に横たわる瓦礫。 破壊された装置。 そして――
明日香は、無傷だった。
「……なんで……?」
思わず、声がこぼれる。 血もない。火傷もない。衝撃を受けた形跡すらない。 あの位置にいたはずなのに。 父親が、確かに――庇って。
(……消えた……)
認めたくない現実を、頭が拒否する。 その代わりに、胸の奥に生まれたのは、言葉にできない違和感だった。
次の瞬間、視界の端で影が動いた。
「……加奈子さん……」
弱く、震える声。
振り向くと、アイラが明日香を抱き寄せたまま、膝をついていた。 駆けつけたのだ。私より、ほんのわずかに早く。
「アイラ……!」
安堵しかけて――すぐに、それが間違いだと分かった。
アイラの右半身。 外殻が崩れ、内部の光がむき出しになっている。 焼けたのとは違う。 削られたような、断ち切られたような損傷。
その瞬間だった。
明日香の右手が、淡く赤く光っていることに気づいた。 同時に、左手には、静かな青い光。
(……なに……?)
赤い光は、触れている部分を静かに壊していく。 時間を進め、存在を削るような力。 それが――アイラの身体に、直接流れ込んでいた。
けれど。
青い光が、同時に作用している。
壊されながら、修復されている。 断ち切られながら、繋ぎ止められている。
そんな、あり得ない状態。
「……っ、やめて……」
声に反応することなく、明日香はただアイラを抱きしめている。 無意識だ。 眠っているように、穏やかな顔のままで。
(この子が……?)
そのとき、天井から機械音声が響いた。
《緊急事態を確認。監視AI、保護バリアを展開します》
透明な壁が降り、空間が隔離される。 ようやく、私は動けた。
「明日香……!」
駆け寄ろうとした、その瞬間。 アイラが、かすかに首を振った。
「……だめ……今、離すと……」
その言葉で、理解してしまった。
アイラは、守っている。 壊されながら、それでも。 明日香を、守ることを選んでいる。
でも、このままでは――
私は腰のホルスターに手を伸ばした。 睡眠スプレー。
「ごめんね……明日香……」
震える手で噴霧する。 微かな匂いが広がり、明日香の体から力が抜けた。
その瞬間、光が消えた。
赤も、青も。 まるで最初から存在しなかったかのように。
眠った明日香を抱き取る。 その軽さと温もりに、胸が締めつけられた。
アイラを見る。
半身は、完全に朽ちかけていた。 それでも、残った光が、まだそこにある。
「……加奈子さん……」
「大丈夫。……大丈夫だから」
自分に言い聞かせるように答えながら、私は明日香を抱きしめた。
(眠っている間は……発動しない)
確信に近い感覚があった。 この子の力は、意識と深く結びついている。
なら――今は。
「検査室へ行くわ」
答えはなかった。 けれど、アイラの光が、わずかに揺れた。
私は明日香を抱え、隔離ラボへと向かう。 背後で、崩れかけた守護者を残したまま。
(原因を突き止める)
事故じゃない。 これは――
“この子自身の力”だ。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
創作は書いた瞬間に完成するものではなく、
読み返し、迷い、直しながら少しずつ形になっていくものだと
改めて感じています。
今回の修正も、その途中経過のひとつです。
もし心に残る場面や言葉があれば、それだけで十分です。
これからも、この物語と登場人物たちを
大切に書き続けていきます。
また、どこかでお会いできたら嬉しいです。
―― 猫田笑吉




