トリトの朝
ここ浮島「トリト」と呼ばれる島は地図にも載らないほどの小さな今の世には珍しい天然島である。
島の中央には大きな木造の風車が一つ構えておりその周囲には貧相な家屋が数十戸、そして見渡す限りの灰青の海が広がっている。そんな島である。
トリトの朝はいつも静かである。
風車の羽が軋む鈍い音と、大海に飛び立つカモメの鳴き声が島に響き朝を告げる。
いつものように砂浜を駆け、カモメに話しかける少女の姿があった。
「おはよ、ミシシ!今日もいい天気だね~」
ミシシと呼ばれたカモメが甲高く鳴き、海風に乗って飛び回っている。その様子を見上げ、少女――ナギは波のリズムに合わせて口笛を吹いた。
その口笛にミシシ含む数匹のカモメたちが呼応するように鳴いた。
「ふふふっ」
カモメたちの声を聞いたナギは嬉しそうに笑った。
ナギの持つ不思議な力を使ったこの様子は今や、島の朝によく馴染んでいた。
ナギは海や動物たちと話せるその力が大好きだった。その力を通して島の人々の助けになり関われることもナギにとっては幸せの一つであった。
その日も変わらない朝だった。
潮の満ち引きが少しばかり早く、空気が少し冷たいようなそんな気はしたものの特に気にするほどじゃないかなとナギは感じていた。
すると
「ナギ…… ここにきて…… 」
突然ナギの耳に海の声が聞こえた。
ナギは、ハッとし、足を止め、耳を澄ます。
「こっち……こっち……」
やっぱり遠くから自分を呼ぶ声が聞こえる。
海からこうやって明確なSOSで呼ばれるのはこれが初めてだった。
「こっち……はやく……はやく」
初めて海が自分から話しかけたというのになぜか急かしてくる。海が急がせるなら早くいかなければならない。そんな思いでナギは砂浜を声のほうへ声に向け走り出した。
ひんやりとした潮風を切って、カモメたちとともにぐんぐん走り抜けた。すると遠くに流木とは違う大きな物体があることにナギは気づいた。そしてさっきまで聞こえていた海の声は明確にその物体を指していた。
その物体は近づくほどに形がはっきりし、物体がナギの目の前になるころにはそれが何なのか理解できた。
「……なんで、ひとが?」
そこには深海のような藍から先端に行くにつれ白くなっている髪色の青年が倒れていた。