プロローグ
その日、世界は終わりを迎えた――
いや、人によっては「始まり」とも言えるのかもしれない。
地鳴りが天を裂き、海が都市を呑み込んだ。
大地を揺るがすほどの大地震と、それに伴う急激な海面上昇により、
世界最大の王国も、最強を誇った軍隊も、億万の富を持つ者も、
そして名もなき平民たちまでもが、等しく海の底に沈んだ。
人類の9割が失われたとされるこの災厄は、やがて「海王沈降」と呼ばれるようになる。
「海王沈降」を生き延びた者たちは、絶望の中で新たな居場所を探し、人工海上都市、浮島、さらには海底ドームまでも築き、命を繋いでいった。
しかし、海に沈み切った文明の再興は容易ではなかった。
資源は乏しく、治安は限界を迎え始め、海に囁く声や、幻を見る者さえも現れ始めた。
やがて、沈降後の世界に「ワダツミ」と呼ばれる者たちが現れる。
彼らは海と交わり、水を操り、時に生命の境界すら揺るがす力を持つ。
誰が最初にそう呼んだのか、今となっては定かではない。
ただ一つ確かなのは、彼らが「何か」に選ばれた存在であるということ――
その「何か」に導かれ、そして引き寄せ合うようにして、ワダツミたちは動き始める。
そして、世界は進み、物語は始まる。
名もなき浮島「トリト」に住む、一人の少女から ――