「思い出って、どこから出てくるのかな」
【おはなしにでてるひと】
瑞木 陽葵
夜、スマホを持ったまま、ベッドの中で昔の記憶をめくる。
思い出って、忘れたつもりでも、ふとした瞬間にあったかく蘇る。
――「あのときの“ありがとう”は、今でもちゃんと届いてる」って思った夜。
荻野目 蓮
夜の静けさの中、ふと、昔の陽葵の泣き顔を思い出した。
忘れてたはずのシーンが、画面の光でやわらかく蘇る。
――「覚えててくれてるの、俺だけじゃなかった」って、ちょっと安心した夜。
【こんかいのおはなし】
夜。
部屋の電気はもう落として、スマホの光だけが、そっと顔を照らしてる。
《ねえ、急になんだけど》
《小さいときの話、思い出してた》
送ったメッセージに、すぐに返事がくる。
《どれの?》
《あのさ……わたし、転んで大泣きしたときあったでしょ?》
《前の公園で、膝すりむいて》
《あー……あれか。砂でちょっと血にじんで、泣き声やたら大きいやつ》
《わたし、すっごく痛かったのにさ》
《蓮が、ティッシュでそっと押さえてくれて》
《「泣いてもいいけど、痛いの逃げないよ」って言ったの》
《……俺、そんなこと言ったっけ》
《うん。でも、なんかその言葉で泣くのやめたの覚えてる》
《それ覚えてたんだ》
《だって、わたし、すごく助けられたんだよ》
《ありがと。あのときも、いまも》
ちょっと間が空いて、
またメッセージが届いた。
《なんのはなし?》
蓮の返信は、短くて、あたたかかった。
《いま、たぶん笑ってるでしょ》
《たぶんじゃない》
《やっぱりー》
笑いながら、スマホを伏せた。
思い出って、ちゃんと優しさを溶かして残ってる。
だから、忘れられないまま、ふと届くんだ。
【あとがき】
“なんのはなし?”って返せる関係って、きっとすごく特別。
それは、忘れたふりができるくらい自然に積み重なった時間の証拠。
陽葵と蓮の思い出が、またひとつ、夜にそっと灯りました。