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終焉の魔女の暇乞い  作者: 雲井咲穂
第一章
5/58

褐色の肌の副協会長様。



 彼女、と改めて紹介され、シェイリーンは「うぇ?」と奇妙な声を喉から出してしまった。


「これが?」


 これ、と再び指差されたりするものだから、シェイリーンは返す刀で相手を睨みつけ、その指先を失礼だとばかりに軽く払う。すればまたしても相手の逆鱗に触れたようで、噛みつくように翡翠の瞳を注がれてしまう。


「いちいち失礼な奴だな、君は」

「何度も人に指をさしておいてよく言いますね。無礼なのはそちらでしょう」


 改めてシェイリーンは感じた。

 彼は、人生で最も相手にしたくないタイプの人間である、と。


「ラクトレイユ殿。こちらには三人の黒衣がいると聞いているのですが」


 シェイリーンに対する口調とは違い、棘は感じさせるものの礼意と優美さを損なわない声色が執務室に響き渡る。丁度ラクトレイユの言葉の真意を測りかねていたところだったので、少々不満をこらえながら黙って聞くことにした。


 そうすると、ラクトレイユはおや、と片眉を上げたかと思えば少し考えるように天井に視線を送り、背中越しにある机の縁に腰を預けると腕を組んでから口を開く。


「塔の魔術師殿は黒衣の魔女を探しておられると聞いたのだけど」

「その通りですが。黒衣には間違いないのだとは思いますが、これは半人前では?」


 そう言いながらヴェルゼイムがシェイリーンの背後のあちこちに視線をわざとらしくぶつけてくるので、彼が言いたいことを無言で感じ、ほら見たことかとラクトレイユに非難がましい視線を送ってみる。けれど庇護者は全く意に介するどころか、どこか楽しげな表情を褐色の肌に浮かべていた。


「半人前、ですか」

「一人前の黒衣なら、つきっきりで守護者がついているだろうし、姿が見えなくても回路の残滓は感じられるでしょう。けれどもこれの場合は、まっさらだ。どこにも守護者たるものの痕跡が見つからないとなれば、黒衣的にも魔術者的にも半人前なのでは?」

「随分失礼な方ですね」

「視たままを言っただけだが、違うのか」


 挑発するように口の端を形よく上げられて、シェイリーンはピクリと頬をひきつらせた。


「人には、わかっていても黙しておくべき時があるかと思うのですが」

「それは、心証のいい人間だけに向ける気遣いだと心得ている」

「お言葉を返すようですが、砂粒ほども気心の知れない相手にこそ、人格的に社交辞令を持って接するべきだと思わないのですか?」

「利益供与のない相手にかける心づかいなど無用の産物だと思うわけだが、違うのか?」

「それは甚だ同意とすべきところでしょうが、円滑に相手から情報を引き出したい場合は黙しておいた方がよい場合があるのではないでしょうか?」


 塔の魔術師が知りたい情報をシェイリーンが握っているのだとラクトレイユが示唆したのだから、もう少し気を回して言葉を選べばよいものを、と遠回しに伝えたところ、真意をくみ取ったらしいヴェルゼイムはしばし沈黙した。


 けれどファルジェと同じように、嫌悪の光を瞳に広げたのを見やり、シェイリーンは売り言葉に買い言葉になっている自覚はあるものの神経を鋭く尖らせた。


 じり、と足を半開きにして戦闘姿勢をとったところで、割って入るようにラクトレイユがシェイリーンの頭をポンポンとあやすように触れる。すとん、と戦意が削がれたのは、シェイリーンのあわやかに漏れ出た魔力の一部を彼が吸い取ったからだろう。古竜の血を引く彼だからこそできる手法である。


 掌を何度か確認しながら指先を開いたり閉じたりしている様子のラクトレイユの瞳が、怪しく強い光を帯びる。


 ノースドールの副協会長は、居住まいを正すとシェイリーンをやや背後に隠すようにしながら塔の魔術師に優雅に魔術師らしい礼を取った。


「うちの者が無礼をはたらき申し訳ありません、星の魔術師殿。彼女はご覧の通り、守護者のおらぬ半人前ですが、貴殿がお探しの黒衣の魔女のことをよく知る人物です。現在彼女は任務に出ておりまして、近日中に戻ってくるはずですが、このシェイリーンはその黒衣が大切にしている妹のような存在なので、慎重に取り扱った方が賢明かと思われますが?」


 珍しく助け舟を出してくれる分にはラクトレイユも彼の高圧的な言動に思うところがあったのだろう。とはいえ、立場上踏み入れてはならない領域もあるわけで。


 ここは精神的年長者である「大人」のシェイリーンが譲歩すべきなのだろう。


 まったく、はなはだ不愉快且つ不本意ではあるのだが、年季が開けるまでの半年。できるだけ波風を立てず、穏やかに過ごしたいのが本音の所。


 ここで大揉めに揉めて、塔の魔術師に無礼をはたらくとは何事だ。無礼千万だと魔術者の決闘を申し込まれでもしたら今後の人生に差し障る。


 シェイリーンが望むのは平々凡々で、穏やかかつ慎ましやかな生活。


 好きな時に好きなだけ惰眠を貪りながら、おいしいものを食べて本を読み、ゆるりと毎日を楽しく過ごす気ままな生活を送るのが人生の最大の目標にして目的なのである。


 ラクトレイユが僅かに視線を送って来たのに気づき、シェイリーンは黒衣のローブを小さく揺らし、彼の斜め後ろに移動して優雅に礼を取った。高位の魔術師に対し、下位の魔術師が取る正式な礼である。深く首を垂れた状態で、右胸に左手を当てて、相手が上げても良いというまで頭を下げ続ける。


「突然のことに失礼をしてしまい、大変モウシワケゴザイマセン。黒衣の魔女を拝命しておりますノースドール魔術協会所属、シェイリーンと申します。塔の魔術師様におかれましては、何卒ご容赦イタダキタク」

「おい。どうして片言なんだ」

「高位の魔術師様にお目見えできるとは、黒衣の階位にとっては身に余るほどの僥倖でございますので、慣れておらず、重ねてお詫びモウシアゲマス」

「だから、どうして片言なんだ。……もういい、頭を上げろ」


 鬱陶しい問答は終わりだとヴェルゼイムが苦虫を潰したような表情で言葉を零した。ラクトレイユはさっさと態勢を戻すと、また元のように机を背もたれにのんびりとした声を放つ。


「シェリ、もう顔を上げても良いだろう」


 いつまで経っても愛し子が身じろぎすらしないので、やれやれ、とばかりにラクトレイユが肩を竦める。一定の方向に対し非常にこだわりが強く、頑迷な性格であるシェイリーンは目の前の若者、――最高位の塔の魔術師よりも厄介である。ここでへそを曲げられてしまうとあれこれと処理できない厄介ごとから彼女を守ってやることが難しくなる。引き際を教えてやるのも保護者としての役割だろう。


「シェイリーン」

「それでは」


 きりっとした声を響かせながら、シェイリーンが夜明け色の髪の毛をゆるやかに動かし、すっと居住まいを正す。妖精に好かれやすい不思議な色合いの瞳をまっすぐにヴェルゼイムに向け、表情を引き締めて口を開いた。

 魔力を帯び美しい銀の紋様が織り込まれた黒色のローブが淡く煌めく。


「正式なご挨拶も終わりましたので、仕事として、必要な情報を提供しましたら、速やかに退出させていただきたく存じますが、よろしゅうございますね?」


 有無を言わさぬ退去の言に、唖然としたのはヴェルゼイムで、彼の護衛騎士はようやく笑いのツボが去ったのに、再び声を押し殺して肩を揺らし笑う始末である。

 高位の魔術師に歯向かう下位の魔術者の存在は珍しいが、皆無というわけでもない。それでも、彼女ほど慇懃無礼な人物も初めてでヴェルゼイムは少しばかり新鮮な心地がした。


 はっきりものを言おう人間は嫌いではなく、むしろ好ましいと、僅かに目の前の少女に対する印象を動かしかけた時だった。


「ダメだよ」


 何が、と尋ねる前にラクトレイユの鋭い琥珀色の瞳が貫くようにヴェルゼイムを牽制していた。これ以上無礼を働くのは許さないというのか、それとも興味を持つなと言いたいのか。


 どのみち、性的魅力範疇外のちんちくりんの小娘に小指の爪の先ほどの興味も引かれないので怪訝そうに眉根を寄せて返すことにしたのだが、人嫌いで有名な古竜の血を引くノースドールの責任者の一人はやわらかな笑みを崩さないままだった。


「塔の魔術師様。大変申し訳ございませんが、雑事が押しておりますので、さっそくよろしいでしょうか?」


 片言は直ったものの、完全に機械的に紡がれたシェイリーンの言葉の音にヴェルゼイムは胡乱気に視線を寄越す。


「……ラクトレイユ殿」


 再びコレと指をさしかけて、シェイリーンのくわっと漏れ出た怒気を孕んだ魔力の残影に少しだけたじろいだ様子のヴェルゼイムが、引きつる頬でラクトレイユを見やる。けれども一切介入する気はないとばかりに突き放し、ラクトレイユは面映ゆそうに笑みを濃くしているだけだった。


「それでは、黒衣の魔女のシェイリーン。よろしく頼む」


 長く息を吐いたのち、最高位の星の魔術師、ヴェルゼイム・ウィンヴェールは社交辞令的にゆるやかに微笑んだ。



更新時間が明日から21時へ変更となります。

どうぞよろしくお願い致します!

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