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終焉の魔女の暇乞い  作者: 雲井咲穂
第一章
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藍に昏く沈む塔の魔術師。

 

「昨日帰還した隊の中に黒衣の魔女はいなかった。つまり、アゼハはまだ帰還していない」


 アゼハ、というのがシェリの先輩魔女の名前で、ヴェルゼイムが探しているという黒衣の魔女の名前だ。

 帰還していないと妙に歯切れが悪いのはきっと、さらに追加すべき情報があるのだろうと、シェリはごくりと唾をのみ込みながらゆるゆると椅子に腰を下ろした。


「彼女の護衛騎士が言うには、回路はまだ繋がっているのだそうだ」

「それじゃあ、生きてはいるんですね」


 専従契約を結んだ魔術者と護衛騎士は魂を繋ぐ魔術の回路ができる。その相性の良しあしで護衛騎士が選ばれるわけで、それが長らくシェリが騎士を持てない理由に繋がっていた。


 魔術による契約回路は魔術者、あるいは護衛騎士の肉体的な死によって断絶される。

 魔力は魂の発露であるが、魔力を行使するのは肉体である。その為、魂が肉体から離れた時点で肉体の死が確定するため、契約者の生死が如実にわかるのだという。


 契約で繋がった相手の命が損なわれる瞬間は耐え難い程の喪失感で、それを恐れて護衛騎士を持たない魔術者は多いのだという。


 もっとも、黒衣の魔術者は身を守る術がない為、守護領域の外で仕事をする場合は、絶対に必要な存在となる。


「彼女の護衛騎士と話はできますか?」


 ラクトレイユは護衛騎士が言うには、と話していたのでおそらく喋れる程度の容態なのだろう。正直言って彼らと一緒に隊列を組んで仕事を受ける気は今のところないが、アゼハの行方が気にならないわけではない。


「話ができるも何も、動ける唯一の生存者で、捜索隊に組み込むつもりだからね」


 苦笑するラクトレイユのひと言に、シェリは耳を疑った。


 以前から人でなしの鬼畜だとは思っていたが、あれだけ酷い状態。

 ――ほぼ壊滅状態で帰還したばかりで且つ、悲惨な目に遭ったに違いない部下を再び危険地に赴かそうというのか。


 毛の逆立った猫のような表情をしているシェイリーンの様子に、おどけたような表情を見せたラクトレイユだったが、呆れ半分ながら不足を補ったのは意外なことにファルジェだった。


「ヘイリルが志願したんだ」

「ヘイリル?」


 黒衣の魔女のアゼハの護衛騎士の名をヘイリル、といった。

 彼が、どうしても捜索隊に入れて欲しいとラクトレイユに直接懇願したらしかった。

 ヘイリルのことはもちろんシェイリーンも知っているし、何度も彼女を挟んで会話をしたことがある。

 記憶を手繰り寄せても仲の良い相棒同士だった二人だから、当然と言えば当然なのだろうが、奇妙な違和感を覚え小首を傾げる。


 いくら喪失が耐え難い程の恐怖を生み出す専従契約者だとしても、瀕死ほどの重傷を負ったのであれば、普通は動ける別の仲間に任せてしかるべきであるし、ケガの程度によっては足手まといにもなりかねない。


 けれどそれを押して、捜索隊に加わりたいというのには熱量としてやや足りない気がする。その奇妙さを補足するように、ラクトレイユは大して面白くもなさそうに爪先をじっと見つめながら、何でもないことのように付け加えた。


「ヘイリルはね、アゼハと婚約を交わしていたんだ」

「へ!?」

「は!?」


 聞いていない、と急に席を立ったのは塔の魔術師だった。


 まさかそんな、信じられないと小さく言葉を零し、頭を抱えて昏く沈んでしまった。ひどく気落ちした様子で椅子に深く腰を掛けてしまったので、彼の護衛騎士――グラゼファンという名前の男性が慌てたように声をかけている。


「あの塔の魔術師はどうしたんです?」


 そっとしておいてやればいいのに、こういう時に繊細な気が回らない性質のファルジェはラクトレイユからこそっと何かを知らされたようで、ああ、とひどく申し訳なさそうな顔をして見つめている。


 何故「黒衣の魔女」であるアゼハを探していたのかと最初聞いた時疑問に思っていたが、どうやらそういうことだったらしい。


 彼ははるばる王都から恋慕を抱いてアゼハをはるばる探しに来て、見つかったと思ったのに、結局彼女には婚約者がいて失恋が確定してしまったようなのだ。


 全くいい気味、いや、ご愁傷様である。


 できるだけ笑わないように注意をしながら、ぷくりと笑いをこらえたまま頬を膨らませていればハタとグラゼファンと視線が合う。


 彼は何とも言えない顔をしていた。心中察するが余りあるという感じである。


 ともかく、今は頭の中でこんがらがっている情報をひとつずつ整理し、足りない情報を揃えていくことが先決だ。


 調査隊の中には、元々黒衣の魔女であるアゼハとヘイリルがいた。彼らは遺跡の調査を命じられ、十人ほどの人数で日数をかけて目的地に到達した。そこでおそらくかなり力の強い魔物に遭遇した。転移の術を使い、なんとかノースドールに到着したものの、アゼハが行方不明になってしまった。


 護衛騎士のヘイリルが言うには、回路は繋がっていて、まだどこかでアゼハは生きているという。


 ただし、遺跡にいた魔物は強力で、非常に厄介そうだった。魔物の中には獲物に固執する個体もおり、もしかしてアゼハは身を潜めながら救援を待っているのかもしれないということだった。


 そして、命からがら難を逃れたヘイリルは婚約者であるアゼハを何としても探し出したいと言い、ノースドール側としてもこれほどの被害をもたらした魔物に関して正式に調査をすべきだと判断した。


 大方はそんなところだろう。


 ヘイリルを含め生存者二人を残し、全員が棺の中に納まっていた状況を考えると、かなり高位の魔物であったという予測が立つ。生存者の内、ヘイリル一人だけしか動ける状態ではなかったということを踏まえると、呪いの類を扱うことができるかなり厄介な高位の魔物だということがわかる。


 アゼハは魔術階位的には黒衣は最下位だが、個人での力量はそれに準じない。多少の治癒術の心得もあり、黒衣には珍しく攻撃系の魔術も扱うことができる非常に手数の多い有能な人物である。


 そしてヘイリルは、紫の位を持つ魔術師であり体術と剣の技能、魂の相性の良さからアゼハの護衛騎士になったと聞いている。相当腕の立つ二人が参加していたという調査隊の面々の力量はおそらく同等か、それを凌ぐはずだ。


 魔術協会としては貴重な魔女や魔術師を失っただけでなく、近年まれにみる大変危険な魔物と接触し、その脅威にさらされたということがわかる。


 魔物は人の魂と血肉を求め彷徨う異形だ。


 吐く息は瘴気となって土地を腐敗させるし、放置された遺骸を食べるだけでなく、魂の一部を分け与え魔物にしてしまう者もいる。


 見つけたらさっさと討伐してしまった方がよいのだが、そう簡単な話でもない。


 人間一人と魔物一匹なら、圧倒的に魔物の方が強者であり、魔物の階位や強さによっては人が束になっても敵わない可能性がある。


 死と腐敗をまき散らす魔物を討伐するために魔術協会や塔が協力し合うこともあるほどには、魔物は厄介で強靭だ。魔術者がエサとなって飛び込まねば屠ることができないほどに、彼らは非常に用心深く狡猾で、人間を食べ物としか認識していないのだから。


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