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終焉の魔女の暇乞い  作者: 雲井咲穂
第一章
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紅茶色の揺らぎの中で。(1)

 できるだけ距離を取りながらさささっと足早にヴェルゼイムの視線から逃れるように大回りをしつつ、長椅子に回り込んでちょこんと浅く腰を掛ける。


 大きく皺の入ったローブと衣服を整えるようにして聞く姿勢をとってみた。

 ただ、様々な方向からの圧がとてつもなく怖いので、体の位置は斜めとし、唯一の脱出路である扉の方向に視線を投げている。


「全員揃ったところで、続きなのだが」


 全員揃ったところで続きと言われても、突然呼び寄せられたシェリに対して情報を与える素振りのないラクトレイユの言葉に、抗議の意味を込めて視線を投げることとした。


 けれど上司は、まるで意に介した様子もなく、シェリの同意など 端 から求めていないというような態度である。


 こういう時の保護者兼上司は非常に厄介かつ、拒否権の発動を許さないことをシェリはよく知っていた。


 言うだけ無駄だということを長年の経験から思い知っているため、取り敢えず全部話が終わってから、思い切り文句を言おうと心に決める。


 今度はいったい何に巻き込まれるのだろうと耳を澄ませていると、ラクトレイユは長机の上に置かれたカップを優雅に手に取り、少しばかり口を付けると頷いてから顔を上げた。


 視線を紅茶の揺らぎの方に注ぎながら、静かで透き通るような声音を発する。


「……君たちには遺跡の再調査と、行方不明者の捜索に――」

「ちょっと待ってください、副協会長。まさか正気ですか? こんなやつを調査に加えるなんて」


 信じられないと ばかりに 右手のひらを膝の上に置いて、ファルジェが礫のような言葉をシェリに向けて投げてくる。


 彼の態度は相変わらずだが、どことなく焦りを感じさせる。


 苛立ちというよりも、何故「シェイリーン」という人物なのか、という所にこだわっているような雰囲気だ。


 シェリとしても「再調査」とか、「捜索」とか何やらとても不穏な言葉が聞こえたので 目を細めて じぃ、とラクトレイユに説明を求めるように視線を送る。


 できればこちらにもわかりやすいように、もう少し具体的かつ噛み砕いて説明をして欲しいものである。


「動ける人間が限られているとはいえ、何も彼女を同行させなくても……。シェイリーンはどうせ、……半年後には辞めて、いなくなる人間なんですよ?」

「何か問題が?」


 ラクトレイユの涼やかな声がファルジェに向けられた。

 怒りは孕んでいないようだが、怜悧な声に空気が幾分か下がった気がする。


「俺は反対です。護衛騎士も持たない、――役立たずの半人前の黒衣を連れていくなんて」

「任務は物見遊山ではない。……護衛騎士のない黒衣は足手まといです。しかも大した功績のない半人前以下を、任務に伴うわけにはいきません」


 援護射撃のようにラクトレイユの言に反じるのはヴェルゼイムだ。

 紅茶にも口を付けない様子で、憮然として足を組み、強い眼差しでラクトレイユを睨んでいるようにも見える。


 管轄が塔だから許されているだけで、魔術師としては階位は上でも経験はラクトレイユの方が上で、年齢が上だ。

 常ならば、そのような無礼な態度は許されないのだが、どうやら今回は少しばかり事情が異なるらしい。


 どうやら風向きが怪しいとシェリがハラハラしていると、ラクトレイユは大仰なため息を唐突に吐いた。

 そのシミ一つない白磁のような肌の眉間に濃い皺が寄っているのを目にとらえ、心の底がひやりとする。


 あれは相当怒っている時の表情だとシェリは思った。


 ラクトレイユは外見から柔和で物静か、常に冷静な判断ができる人物だと思われがちだが、実は正反対の性質を内包していることをシェリは知っていた。

 火の属性の古竜の血を引く育ての親は、気が短いし、外見とは裏腹に非常に苛烈で容赦のない性格をしている。


 こだわりの強い竜族の性質そのものでもあり、頑固で、ある意味一途。敵に回すと非常に厄介だ。一度決めたことは、ほとんどの場合を除いて決して曲げないので、その頑強な精神に反抗する場合は、それなりの精神力が必要である。


 流石に、彼にとってはひよっこ同然の人間でしかない魔術師相手に、大人げなく威圧をするようなことはないとは思いたいが、湯気のような美しく細やかな煌めきを挑発するように迸らせるのはやめていただきたいものである。


 彼は不機嫌だし、本当は本意ではないのだろう。

 けれど、責任感が強い性格であるために、上司として、協会を預かる身として必要な判断を下さねばならないということなのだろう。


(遺跡の調査。ということは――)


 葬送を行った後だ。

 否が応でも関連に気づいてしまう。

 仲間たちがほとんど命を失うことになった遺跡の再調査の一員として、シェリが選定されたのだろう。


(ちょっとそれは。勘弁してほしいかも)


 黒衣の仕事を外でするのが嫌なのではない。

 任務が嫌なわけでもない。

 むしろずっと願ってきたことだったからだ。


 けれど、シェイリーンとしては選べる余地が欲しかった。


 なぜなら。

 仕事において最大にして最も重要な要素は福利厚生や賃金ではなく、「人間関係」だからだ。


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