8話 建国祭
「ちょっと待って、どうして私が挨拶を?」
「わからない。国王陛下が急に言い出したんだ」
「え、……でも」
「建国祭って明日ですよ?」
さすがの緊急事態に、ヘアピンを持ったステラナの手が止まる。そうなのだ。建国祭は明日だ。今から挨拶しろだなんて急なお願いにもほどがある。
「原稿も君たちで考えろとおっしゃっている」
「ええー!?」
ステラナの大きな声に、ルミの身体は思わずビクッと跳ねた。
「陛下が言うには、頭痛がするから、らしい。原稿を考えられないそうなんだ」
「それなら王妃様は?」
「王妃様はこういう場では、一貫して発言をなさらない」
「でも私、王族でもないし……原稿なんて何も思いつかないし……」
ガシッ! ステラナがルミの肩を強く掴んだ。
「ルミ、これはチャンスよ!」
「え? チャンス?」
「これは王族ではない私たちが、国民に言いたいことが言えるチャンスよ。やってみよう!」
ステラナの瞳は、まるで炎が宿ったように熱い。
「ステラナ、敬語はどうした?」
エリオが眉間にシワを寄せ、ステラナの近くへ寄ってきた。
「替え玉だとしても、王女として対応するように言ったはずだが?」
「ルミがなくていいって言ってくれたんです」
「ええ。二人きりの時だけ、ね?」
ルミはエリオをなだめるように言った。
「私もここにいるんだぞ、二人きりではないはずだが?」
「エリオ様はいいんです」
ステラナの言葉に、エリオは不満そうに口をへの字に曲げた。
「ねえ、もし私が挨拶をして、その内容に国民が気を悪くしたらどうするの?」
ルミはエリオに聞いてみた。
「その時はスピーチを依頼した、陛下が責任を取るのよ」
ステラナが当たり前だと言わんばかりに言い切った。
「いや、でも、別人だとバレたら?」
「その時も、ルミに責任はないわ」
何を根拠に、と思うほどステラナは自信満々で答える。
「確かに、ステラナの言う通りかもしれないな」
静かに聞いていたエリオが、ボソッと呟いた。
「責任は陛下にあるんだ。我々三人で原稿を考えよう。何とかこの場を切り抜けるんだ」
「本当に言ってるの?」
「ああ。お願いだ、ルミ」
エリオはその場に跪いた。
「我々が協力する。この国で暮らす人々にかけたい言葉はないか? 国民、いや君の両親に、でもいい。それを話すだけでいいんだ」
真剣な眼差しだ。ルミがここで『ノー』と言ったら、エリオはどれほど困るのだろう。
「……わかった。やってみるわ」
ルミは意を決して両手を握りしめた。
それから三人は、必死で原稿を考えた。それぞれが言いたい内容を言い合い 、国民に伝えたいことは何だろうかと、話し合った。
本番は明日の午後13時。紙を見ないで言えるよう、明日の午前は暗記の時間に回すことにした。
その日の夕方。
ある程度原稿がまとまってきたので、下見として、本番に立つベランダへ、ルミはエリオと向かった。
幅が五メートルはある、ガランとした大きなベランダだ。夕陽が眩しいが、とても見晴らしが良い。
ベランダから下を覗くと、ウルフとお茶をした東庭よりも広い、一面芝生の南庭が望めた。
国民が案内されるその場所に、ステラナが小さく現れた。そして、ルミを見つけると手を振った。
ステラナの顔は小指の爪よりも小さい。これなら、別人だとバレる心配はないだろう、ルミは確信を持った。
その晩、早々にディナーを終え、ルミはベッドへ入った。
原稿はできた。下見もした。発声練習もした。だが、目を瞑ると、様々な考えが頭に湧いてきた。
声が震えるのではないか。噛まずにちゃんと言えるだろうか。自分のせいで王家の品位を下げてしまうのではないか。陛下が私に挨拶を依頼した真意は何だろうか。
それらが頭の中を巡って、その晩はよく眠れなかった。
建国祭当日。
ルミは鮮やかなピンクのドレスを選んだ。ステラナは髪にピンクの花びらをあしらい、春らしく可愛いらしく、ルミを完璧なジュリエッタ王女に仕上げてくれた。
午後13時。
ざわざわと、民衆のざわめきが聞こえる中、ルミはベランダへ出た。
空は青く晴れ渡っている。柔らかい風が頬を撫でる。ステラナが巻いてくれた縦ロールが、ふわっと風になびく。
王家がズラリと顔を出すと、民衆はまるでカラクリ人形のように、一心不乱にこちらへ手を振った。ルミはエリオから習った通りの笑顔で、習った通りに手を振った。
「それでは、今年はわが娘、ジュリエッタから皆様へご挨拶を致します。さ、ジュリエッタ。こちらへ」
陛下が目を合わせ、ルミを前へ促した。全身が鼓動しているようにバクバクと音を立てる。
ルミは1歩前へ出て、すっと息を吸った。
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次回はルミの挨拶、本番です。




