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6話 幼馴染のウルフ

 王宮の東庭は、学校のグラウンドほどの大きさの芝生が広がっている。

 そこに、朝から使用人がいそいそと白いダイニングテーブルとチェアを置き、ウルフがやってくる準備を着々と進めていた。

 午後になり、予定時刻が近づくにつれ、青く晴れわたった空に甘い焼き菓子の香りや、コーヒーの香ばしい香りが漂い始めた。


 間もなくその東庭に来る、ウルフという男は、フェルセン公爵家のひとり息子だそうだ。ジュリエッタ王女と同い年で、幼い頃から二人はよく遊んでいた、いわゆる幼馴染らしい。



「そんなに親しい間柄なら、バレるに決まってるわ!」

 ステラナにメイクされながらウルフに関する情報を聞いていたルミは、思わず叫んだ。

「それならこうしてはいかがですか?」

 ステラナは走ってクローゼットへ向かい、ルミに帽子をのせた。

 ドレスに合わせた赤い小さな帽子は、レースが多く装飾されているので、それが影となって顔がよく見えないという。良いアイディアだと思いながらも、それだけではルミの不安は拭えなかった。



 ルミとエリオ、ステラナが早めに東庭で待機していると、予定時刻ぴったりに赤い短髪、赤いスーツを着た男が、手を大きく振ってやってきた。

「彼です」

 エリオが耳元で囁く。


「久しぶりだな! ジュリエッタ!」

 戦隊モノの赤でも担当しそうなほど、爽やかな笑顔の男性がルミに挨拶のハグをした。鍛え上げられた身体が力強くルミを抱き寄せたので、ルミは一瞬息ができなくなった。

「久しぶりね、ウルフ」

 ルミは平静を装って無理やり微笑んだ。


「今日は暖かくてよかったよ。ジュリエッタは寒い時期は外に出たがらないからな」

 ウルフはからかうような顔で太陽のように笑う。

「春になると動き出す、まさに熊のような女だもんな?」


「誰が熊よ、失礼ね」

 エリオやステラナから聞いていた王女像をイメージして、ルミはセリフを吐いてみた。言うなり恥ずかしくなり今すぐここから走って逃げたい衝動に駆られたが、必死に我慢した。



 ルミは昨日からこのティータイムまでの丸一日、ウルフに関する情報、フェルセン公爵家に関する情報、王女に関する情報を家庭教師のようなエリオから、みっちり教えられていた。

 直前にはテーブルマナーも教えられ、ルミの頭はパンク寸前だ。

 スプーンはカップの奥に置くんだ、カップの取っ手には指を通すな、音を立てて飲むな。動作の一つ一つに厳しいチェックが入る。もっと優しい指導はできないものか。エリオのスパルタ具合にルミは既に疲労困憊だ。



 ステラナが淹れてくれたコーヒーを飲みながら、「今日は一体どういう用件なの?」と、ルミは質問した。

「まあまあ、ジュリエッタ。そんなに話を急ぐな。会ったばかりなのに」

 ウルフはコーヒーを一口飲み、うまいな! と、ステラナに微笑んだ。

 ステラナが頬をピンクに染めて、頭を下げる。おさげ髪が嬉しそうに舞った。


「あ! そういえば。この庭でジュリエッタとよくかけっこをしたよな? 覚えてるか? ジュリエッタは足が遅いから、何度も俺に負けてさ。最後には八百長をしろ! 私は王族なんだぞ! と泣きわめいたりして」

 ウルフは腹を抱え、ケラケラと笑った。

「そんなの覚えてないわ!」

 ルミは心の底から叫んだ。


「なあ、あと一ヶ月後、何があると思う?」

 笑い終えると今度は焼き菓子をほおばりながら、ウルフがニヤニヤして聞いてきた。エリオと勉強したはずだ。あと一ヶ月後といえば……。

「ウルフの誕生日ではなくって?」

 ルミは得意げに言った。


「あれ? いつもは忘れてるのに、今日は覚えてるんだな」

 ウルフは驚いて目を丸くしている。忘れている方が正解なんて聞いてない。覚えて損をしたじゃないか。ルミはエリオを睨んだ。


 ウルフは内ポケットから一通の封筒を出し、ルミに手渡した。

「はい、これ」

 ルミは受け取って封を開けてみた。

「俺の誕生日パーティーがある。今日はそれを渡しに来たんだ、来れそうか?」


 キレイな模様の招待状には、一ヶ月後の日付が書いてある。その頃までにジュリエッタ本人が戻ってきたらどうなるのだろう? ルミはエリオを見たが、エリオは涼しい顔で前を向いたままだ。


「まあ、行けそうだったら行くわ」

 ルミは微笑み、封筒を机に置いた。


「ハハッ。ジュリエッタらしいな」

 ウルフは笑って立ち上がった。

「じゃ、用も済んだし、俺はそろそろ帰ろうかな」


 残りのコーヒーをグイっと飲み干し、カップを置いた。

 終わった……。ルミはホッとして小さく息を吐いた。その時。


「いや、ちょっといいかな?」

ウルフが止まってルミを見据えた。

「ジュリエッタ、お前……」

 穏やかな春の昼下がりに、ピンと張り詰めた空気が走る。背後でエリオのゴクリと唾を飲み込む音まで聞こえる。


「あ、いや、やっぱ何でもない。じゃあな」

 ウルフは手を上げ、あっという間に去って行った。何を言いかけたのだろう? もしかしてバレたのだろうか? 

 嫌な予感が胸をよぎって、ルミはエリオを見た。すると、エリオの顔にも不安の色が漂っていた。

お読みいただきありがとうございます。

次回は、エリオやステラナとの話になります。

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