5話 替え玉としての生活
翌朝、枕元にステラナが立っていて、ルミは声をあげて飛び起きた。
「お早う御座います。わたくし、ルミ様専属の侍女となりました」
一礼したステラナは、淹れたてのハーブティーを出してくれた。
いつからここにいたのだろう。王女にはこれが当たり前の目覚めなのだろうか。
ルミが飲み終えるのを見計らい、ステラナはルミを部屋の奥へ案内した。
そこには隠し扉のようなドアがあり、昨日のメイクルームに繋がっていた。
「今日はどんなドレスにしますか?」
ステラナが聞くので、ルミは炎のような赤いドレスを選んだ。初日だから、自分に気合いを入れたかったのだ。
ドレスに合わせ、メイクが始まった。ステラナはメイクをしながら、ルミが戻ってきたことへの感謝を、何度も何度も繰り返した。
支度を終えて廊下に出ると、エリオが待っていた。
「殿下、お早う御座います。朝食を摂りに行きましょう」
エリオはからかうようにニヤリと笑った。
長い廊下を歩き、階段を上がり、ダイニングルームに着いた。エリオが扉を開け、中へ入る。
「殿下、お早う御座います!」
朝食を準備していた使用人が、一斉に頭を下げた。
「お、おはよう」
ルミは驚きを隠すように、努めて冷たく言い放った。
エリオが椅子を引き、ルミが腰掛ける。ただ朝食を摂るだけなのに、やることが多過ぎる。ルミは小さくため息を漏らした。
無駄に長いテーブルには、三種類のパンと野菜たっぷりのスープ、サラダ、ハムステーキ、リンゴが並んでいる。
毎朝ひと切れのパンとポタージュスープだけだったルミは、品数の多さに驚いた。
「量が多くて食べきれないわ」
ルミはエリオを手招きして呼び、耳元で囁いた。
「食べられる量だけでいい」
エリオは小さく言って、また斜め後ろに立った。
悩んだルミは雪の様に真っ白なパンをまず手に取ってみた。簡単に潰れそうなほどフワフワしている。あたりを見回し、恐る恐るかぶりついた。その美味しさに、ルミは思わずのけぞりそうになった。こんなに柔らかくて瑞々しいパンは初めてだ。
ああ、これをお父さんとお母さんにも食べさせたい。食べたらどんな顔をするだろう……。ルミはその顔を想像し、胸が痛くなった。
「ちぎって食べろ。かぶりつくな」
感傷に浸っていたのに、横に来たエリオに小声で叱られた。恥ずかしくてコホンと咳払いしたルミは、今度は野菜スープを飲んだ。
「ズズッ。わっ! とても美味しいわ」
すると、エリオがゴホンッ、と大きく咳払いした。使用人達も驚いた顔でルミを見ている。
「音を慎め、マナーを知らないのか? 後で徹底的に叩き込むからな」
エリオが眉間に深いシワを作リ、声を殺して睨んだ。
ルミは自分の顔がどんどん熱くなっていくのがわかった。エリオは再び近づいた。
「王女は野菜スープが苦手なんだ。もっと肉を食べてくれ」
「食も王女の好みに合わせろと?」
「ひとりの時は構わないが、会食の時は好みに合わせてもらう。親しい者は不自然に思うだろう。好き嫌いのリストを後で渡すから、しっかり覚えるように」
ルミは大きく溜息をついた。当たり前だが、ただ贅沢に暮らすだけというわけにはいかないようだ。
仕方なく、ルミがナイフとフォークでハムを食べようとすると、急に使用人たちが慌て始めた。また何かやらかしてしまったのだろうか。
「殿下、エリオ様、まもなく国王陛下がこちらへお見えになります」
「えっ!」
「殿下と一緒に朝食を召し上がりたいそうです」
母と同じ歳くらいの使用人が、我々に声をかけ、厨房へ消えていった。
「陛下が来るなんて、聞いてない。まだ心の準備ができてないわ」
ルミが頭をブンブン振ってエリオに訴えていると、間も無く扉が開いた。
従者を前後に引き連れ、国王らしき人物が入って来た。冠やマントもない、パジャマ姿。一見すると、ただの太った小さなおじさんである。
国王はテーブルの一番奥で止まると、側近らしき身なりの良い人物に椅子を引いてもらい、椅子にゆったりと腰掛けた。
「キミらは席を外してくれないか」
鶴の一声で、側近以外の従者や使用人が慌ててダイニングルームから出て行く。
広いダイニングルームには、国王と側近、ルミとエリオの四人だけになった。
ルミはおずおずと国王を見た。目が合うと、国王はニッコリと笑った。
「これは、これは。見事だな。どこからどう見てもジュリエッタだ」
「有難う御座います、陛下」
エリオが背後で頭を下げた気配がする。
「っ……ぁ」
ルミも礼を言おうとしたが、緊張のあまり喉が乾いて声が出ない。
「すまないね、あの娘はすぐ家出をしたがるんだよ」
国王はルミに笑いかけた。
「え、え……コホンッ」
無理やり返事をしようとしたせいで、咽てしまう。
「何かあったら全部エリオに聞いてくれ。替え玉の責任は、全てエリオにある」
「しょっ……承知しました、陛下」
ルミはやっと返事ができた。
「オホホホッ! その姿でかしこまったセリフは似合わんな。ホホホッ」
国王の甲高い笑い声に、ルミはビクッと体を小さくした。
「いつものジュリエッタなら、うるさい、わかってる、しつこいの三連コンボじゃぞ? オホホホッ」
国王は指を三本立てて、また笑った。なんという三連コンボだろう。王女は噂通り口が悪いらしい。
「まぁ、おしとやかになるなら、その方が良いな? なぁ、ロドリゲス」
国王は背後に立つ側近を振り返って笑いかけた。
「いえ、私の口からはなんとも」
待てと言われた大型犬のように、ピクリとも動かなかった側近は困ったように苦笑いした。
「オホホホッ」
「アハハハハ」
二人は笑っているが、ルミはひとつも笑えなかった。国王は笑いながらもパンを両手に取り、ムシャムシャと食べ始めた。
「あ、そうじゃ、そうじゃ、エリオ」
「何でしょう? 陛下」
「午後のティータイムに、ウルフが来るそうじゃ。なにやら話があるらしいが、彼女と迎えてくれないか? ワシは商人との会合があってな」
「承知致しました」
ルミはエリオを見上げた。ウルフって誰なの? 目で訴えた。エリオもルミを見たが、その顔はあからさまに引きつっていた。
お読みいただき有難うございます。
次回は、王女の幼馴染であるウルフが出てきます。




