46話 宴が終わって
「俺はジュリエッタの顔が好きだったんだと思う。だからさ、あの化粧をまたやってくれないか?」
ウルフは茶目っ気たっぷりにウインクした。
「あのメイクを? 私が?」
ルミは目を丸くした。
「したいと思う?」
「したい……訳ないか」
ウルフは大笑いした。ルミも、エリオもステラナもリックも。父も母も大笑いした。
そうやって笑い合い、飲み食いした途中からルミは記憶がない。
気づいたら懐かしい景色が目の前に広がっていた。毎朝見ていた木目の天井。懐かしい布団の香り、枕の硬さ。小さな窓からは見慣れたジャガイモ畑が見える。
実家のベッドだ。
ルミが体を起こすと、母がキッチンから慌てて駆け寄ってきた。
「ルミ! 起きたのね。良かった」
母は心配そうにルミの顔を覗き込んだ。
「お母さん……私いつから寝てた?」
「居酒屋で笑い合った後すぐ。体力が低下してたのよ。無理もないわ」
「そうだったの」
「安心したっていうものあったんじゃない? お店を出る時も起きなかったから、お父さんがおんぶして家まで連れて帰ったのよ」
「そう……」
「なかなか起きないから心配したわ。元気そうで良かった」
髪を撫でて潤む母の目を見て、ルミの目頭も熱くなった。夢じゃない。やっとこの日常に戻ってこれたんだ。
窓から畑仕事をしていた父がこちらを見た。ルミと目を合わせた父は、軍手を取り、泥だらけのまま家に入って来た。
「ルミ、起きたか!」
ルミと母を父の大きな腕が同時に抱きしめた。外が寒かったからか、父の体は冷たい。でも家族三人が体を寄せ合うと、ルミの胸はジーンと熱くなった。
「もう! 顔も服も汚れちゃったわ!」
文句を言った母の顔は、清々しいほどの笑顔だ。ルミは嬉しくなって泥だらけの父に頬擦りした。
その日の夕方、ルミは畑へ出た。
畑には収穫されたばかりの立派なジャガイモが山積みになっている。
「このジャガイモを王宮へ納めに行きたいんだが、これから王宮はどうなるんだろうな……」
父が不安そうに呟いた。
ルミたちが宴をしていた頃、国王とジュリエッタはルミが入っていた牢獄に入ったらしい。三ヶ月間収容された二人は年を明けてから晒し刑に処された。
樽の中から頭と足だけを出し、二人は王宮前広場に三日間置かれた。子どもから石を投げられたり、老人から説教されたり。プライドの高いジュリエッタや国王にはこの処罰は相当堪えたらしい。
王位を退いたランベール一族は処刑後すぐに遠い国へ移住してしまったそうだ。
まだまだ寒い雪の日、ウルフがルミの家を訪れ、それらを色々と教えてくれた。
ルミの父や母は突然の訪問にも関わらず、快くウルフを家へ招き、珈琲やスイーツでもてなした。
「まさか俺が王子になるなんて思いもしなかったよ」
珈琲を一口飲んでからウルフは自慢気に言った。そうなのだ。選挙によって決まったスレイダンの新国王はウルフの父、フェルセン公爵なのだ。
「なんてったって王宮に引っ越すんだ。ものすごく大変だったよ」
ウルフはウンザリした顔を作ったが、まんざらでもなさそうだ。
「王子ともあろうお方が、こんな家でのんびりしてていいんですか?」
母が珈琲をを飲みながら茶化すように聞いた。父もウンウンと頷いた。
「いいの、いいの。王宮にはやり手の執事もいることだし」
ウルフはルミにウインクした。
「そのことだけと。エリオは本当に執事を辞めるの?」
「なんだ、ルミも知ってたのか。しばらくは引き継ぎがあって無理だけど、春には辞めるらしいよ」
「そう……」
そうして話していると、玄関の戸を音叩くが聞こえた。
「こんな雪の日に誰だろう?」
「私が行くわ」
ルミが戸を開けると、そこに立っていたのはリックだった。全身を防寒服で包み、目から鼻下までしか見えないが、相変わらず真っ白な肌が眩しい。
「リック殿下」
「こんにちは、ルミさん。突然すみません。お話があって参りました」
初対面の時とは違ってリックは真っ直ぐルミを見つめて言った。
「寒いですが、畑を見せて頂けませんか? 散歩しながらルミさんとお話がしたいんです」
リックの真剣な眼差しに、ルミは笑顔で応えた。
「分かりました」
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後3回回でこのお話は終わります。




