4話 王宮へ逆戻り
すっかり暗くなった頃、馬車はルミの家の前で止まった。
「送っていただき、ありがとうございました」
ルミが荷台から降りてお礼を言うと、リアカーを下そうとエリオが言ってくれた。
「ルミ!」
家から母が飛び出してきた。
「ああ、よかった。遅いから心配していたのよ」
母に抱きしめられ、ルミも抱きしめ返した。
「ただいま。ごめんね、心配かけて」
「うんん、ごめんね、ひとりで市場へ行かせてしまって」
「大丈夫よ。体調はどう?」
「もうすっかり……あら? こちらは?」
母と目が合い、エリオは会釈した。
遅れて父も家から出てきた。父もルミに抱きつこうとしたが、横に立つエリオを見て、固まった。
「どなた……ですかな?」
父は狼狽えた様子だ。男っ気がまったく無かったルミが、突然若い男性を連れてきたからだろう。
「ル……ルミとはどういう関係で?」
笑顔を必死に作っているが、声が上擦っている。
エリオは父にも会釈した。
「私はエリオと申します。王宮に仕える執事です」
「お、王宮!? 王宮の執事さんが、いったいなぜここに?」
父が目を大きく見開く。ルミは慌てて父に駆け寄った。
「あのね、お父さん。えっと……なんて説明したらいいかしら……」
言いたいことが、うまく言葉にできなくてもどかしい。
「こちらのジャガイモがとても立派だったので、私がすべて買わせていただいたんです。つきましては……王家の専属農家として契約させていただけないでしょうか?」
エリオが父へ近づいて微笑んだ。
「え? お、王家の専属農家?」
父は口をポカンと開け、母は自分のほっぺたをつねった。
「うそ! 痛いわ。これは夢じゃないの?」
ルミはエリオに歩み寄った。
「どうしたんですか、急に。そんなこと、先ほどまでひと言も……」
「その代わりと言っては何ですが、ルミさんを王宮で働かせてもらえませんか?」
ルミの言葉は無視され、エリオは続けた。
「ジュリエッタ王女に仕えていただきたいのです。お給金もしっかりとお支払いいたします」
「ちょっと、何を言っているんですか? それはお断りしたじゃないですか!」
替え玉にすることをまだ諦めてないようだ。ルミはエリオに掴みかかった。
「何を言っているの、ルミ! こんなにいい話ないわ! 王宮で働けるなんて、我々農民には、夢のまた夢なのよ」
母はなだめるように、ルミの肩を抱いた。
「それは分かってるけど」
「専属農家なんて願ってもないことだ。……あの。もし万が一、ルミが王宮で働かないなら、契約はどうなります?」
「無かったことになります」
「ええ!」
ルミはエリオをギロッと睨みつけた。エリオは涼しい顔をして、眉をピクリと上げた。
なんて人なの。最初からそのつもりで家まで送ると言ったんだわ! 申し訳ないなんて、罪悪感を感じた自分が馬鹿だった。
「ルミ、お父さんたちのためにも、ぜひ王宮で働いてくれないか?」
「嫌ならいいのよ? でも……できたらお願い」
ルミの手を取り、父と母は必死に訴えた。ルミはふうっと息を吐いた。大好きな両親にここまで頼まれたら断ることなんてできない。
「専属農家になったら、収穫したジャガイモを必ず買い取ってくださるんですよね?」
「ああ」
「分かりました。王宮へ行かせてください」
王宮へ逆戻りする馬車の荷台に揺られ、ルミとエリオは口論になった。
「最初から両親を丸め込むつもりで私を送ると言ったんですか?」
「いや? ルミが帰って行くのが、どうしても惜しくなっただけだ」
「絶対ウソよ」
ルミは唇を尖らせた。
「私が咄嗟に思いついたこととはいえ、王家の専属農家になれるのはなかなかの名誉だぞ? 有り難いと思って欲しいのだがな?」
「両親は喜んでいましたし、それに関しては感謝しています。でも……なんだか騙された気分だわ」
ルミはプイッとエリオから顔を背けた。
「どうしてそこまで替え玉になりたくないのだ? 私にはルミが嫌がる理由がわからない」
「静かに慎ましく暮らすということの良さが、狭い世界の貴方にはきっと、一生、わからないのでしょうね?」
自然と声に力が入る。
「なんだと?」
ルミは再びそっぽを向いた。それから王宮へ辿り着くまで、二人は一言も言葉を交わさなかった。
ジュリエッタ王女は、かなりのワガママ姫だと、誰かが言っていたことをルミは思い出した。この際だから思いっきりワガママを言って、思いっきり贅沢してやる!
先に荷台を下り、エリオは手を差し出して待っている。ルミはその手を掴み、やってやろうじゃない! とエリオを睨んで言い放った。
お読みいただき有難うございます。
次回から、ルミの替え玉としての生活が始まります。




