3話 前世の記憶
ルミが前世の記憶を蘇らせたのは 4年前、13歳の時だった。
スレイダンの中心地から歩いて2時間の、小さな農家にルミは生まれた。
体の弱かったルミは、幼い頃から床に伏っていることが多かった。熱を出し、何度も似た夢をみる。そのリアルな夢が前世の記憶だと気づいてからは、見違えるほど身体は元気になった。
前世でのルミの死は、あまりにも突然だった。誰かが救急車を呼んでいたら助かったかもしれない。でも呼んでくれる人は通らなかった。この世界に救いなんてない。死の淵で思った。来世は御伽話のような異世界で、スローライフを送ってみたい。穏やかに、静かに。
「……ミ?」
ギャンブルに溺れた両親からの暴力。借金まみれの暮らし。学業そっちのけでバイト漬けの生活。そんな自分を、金持ちはいつも嘲笑った。
「食べてみたいの、いっぱいあったから頼んじゃったけど、もう食べきれないや」
ファミレスでのアルバイト。お腹が空いてフラフラの状態でも丁寧に作ったデザートは、あっという間にゴミ箱行きだ。
「このコート重くてさー。一万で買わん? 元値の半額だよ? あ、でも金無いんだっけ?」
友人だと思っていた人からの見下し。
就職も、無能の金持ちが採用され、ルミは貧乏だから採用されなかった。
金持ちは嫌いだ。大嫌い。だからこそ、今この世界でスローライフを送れていることが、こんなにも幸せなのだ。
「……ミ? ルミ?」
どれくらいの時間、じっと俯いて思い返していたのだろう。エリオが心配そうに、顔を覗き込んでいた。
「あ、すみません。理由を言いたかったのですが、うまく言葉にできなくて……」
「そうか」
「本当にすみません。他の方を当たってもらえませんか?」
もう一度深く頭を下げたルミに、エリオは小さい布袋を手渡した。
「ジャガイモの代金だ。もうすぐ暗くなる。家まで送ろう」
荷台にエリオとルミ、そしてをリアカー乗せ、馬車は走り出した。
どうしてエリオも付いてくるのだろう? 気晴らしがしたいとエリオは言ったが、執事の仕事はいいのだろうか。ルミは思ったが、聞かなかった。
「ルミ以上に、王女に似た人物を見つけられる気がしないな……」
目が合うと、エリオはポツリと呟いた。
「もう着替えてますよ? メイクも髪も元通りだし」
「それにしてもだ。王宮で働く使用人もひと通り見た。ルミと出会った市場でも、たくさんの人を見た。でもみんな瞳の色が違ったり、顔は似てても背が高かったり、声の印象が違ったり、どれもが揃っている人物はいなかった」
「そう……ですか……」
「あ、でも。少し良いかな?」
「?」
ルミはエリオに両手を取られた。
「ああ、やはり手は違うな」
エリオはルミの手を、まるで鑑定でもするようにしげしげと眺めた。
「ジュリエッタ王女の手はもっと白くて小さかったと思う。でも、ルミの手は太くて大きい。それにゴツゴツしている」
ルミは、取られた手をサッと離した。
「毎日っ、畑仕事したり、母の手伝いをしたり、働いてますからっ! 違っていて当然です!」
自然と語尾に力が入った。顔が赤くなっているのが自分でもわかる。それは決して照れているのではない。恥ずかしいような悔しいような、いたたまれない気持ちだ。なんてひどい人なんだろう。女性の手を見てゴツゴツしているだなんて。
「すまない。気を悪くさせたか」
「……いえ、別に」
「違っていて当たり前だよな。ジュリエッタ王女は、土の感触すら知らないだろう」
土に触れたことが無い。そんな人がいるのか。あの温かさ、柔らかさ。触ったことが無いなんて、人生損をしているとすら感じるのに。
「ジュリエッタ王女は旅行が好きなんだ。今不在なのも、旅行へ行っているからなんだ」
エリオは額に手を当てた。
「旅行、ですか?」
「ああ。思いついたら気まぐれに出かけてしまう。陛下や王妃様も止めるのだが、言うことを聞いてくれない」
頭を抱えるエリオの横顔は、昼間とは打って変わって、疲れが見え始めた。
「いつ戻られるのやら……」
ルミの胸の中に、罪悪感がこみ上げてくる。でも……。
ルミは首を左右に振った。この世界のお父さんやお母さんが自分は大好きだ。
昔の自分のように体の弱い両親。両親を差し置いて自分だけが贅沢な暮らしをするなんて考えられない。
ルミはエリオの横顔を見つめながら、ごめんなさい、と心の中で呟いた。
お読みいただき有難うございます。次回はルミの両親が出てきます。
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