24話 王子と執事とメイド
「僕はあなたとの散歩が、毎日の楽しみです」
リックは芝生を見つめながら、独り言のように呟いた。
「あなたが農業に興味があったことを知って、意外でしたが、とても嬉しかった」
そうだった……ルミは昨日の散歩を思い出し、額に手を当てたい気分になった。
ついつい農業の話になると興味深くて、勢いよく頷いてしまい、農業に興味があると思われてしまったのだった。いや、正しくは農家の娘なのだが、本物は土を触ったことすらないらしい。農業には100%興味がないだろう。ご成婚後のすれ違いを想像し、ルミは胸が苦しくなった。
でも、陛下は自分の言葉で話して良いとおっしゃっていたし、まあ、とりあえずは仕方ない。ルミは無理やり自分を納得させた。
「こんな素晴らしい方と巡り合えるなんて思っていなかったな。僕は一生独身で過ごすものだと思っていました」
「どうしてですか?」
ルミは目を丸くして聞いた。
「僕はつまらない人間です。これまで幾度もこういう縁談は来ていたんですが、全て断られてしまったんです」
リックはポリポリと頭を掻いた。
「刺激がない、頼りない、王族だからと思って婚約を決めたが、自分を卑下して話す方とは一生を過ごしたくありません、などと言われました」
眉を下げ、とても恥ずかしそうに笑う。
「それはまあ、相性というものですよ、きっと」
ルミは励ますように言った。
実際、リックと結婚したら幸せな家庭が築けるだろうと、ルミは確信を持って言える。ルミにも使用人にも、街で出会った人々にも。どなたの心にも寄り添い、助け、そして自分の目標もしっかりと持っている。リックは素晴らしい方だ。
「殿下とご結婚される方は幸せでしょうね」
無意識にルミは呟いた。その言葉を聞き、リックは驚いたようにルミを見た。
「あれ? もしかして……僕はまた断られてしまうのかな」
頬をポリポリと搔き、眉毛を下げた。
「あ、いえ……」
なんと弁明すべきか……ルミが悩んでいると、ふわっとスーツを翻し、リックは跪いた。
そして ルミの手を取り、その甲に、リックの唇が優しく触れた。
突然の出来事にルミは固まった。
「是非、僕の領地アティベッドへいらしてください。僕がこれから一生涯かけて豊かにしていこうとしている領地です。あなたには……いえ、ジュリエッタ殿下には、僕のそばでその行方を見てもらいたい」
ルミを見つめるリックの瞳は、日を浴びてキラキラと輝いている。
まるでプロポーズ、いや、これはもうプロポーズだと言って間違いないだろう。
「お……気持ちはとても嬉しく思います。しかし、もう少し考えさせてください」
ルミは折れそうになる心を奮い立たせ、精いっぱい応えた。
「来月になったら、アティベッドへお邪魔致します。その時にお返事させてください」
なるべく引き延ばすように言われたから、こう返事しておくのが良いだろう。来月には、また状況が変わっているかもしれない。
「分かりました。お待ちしていますね」
リックは気持ちを込めるように、ルミの手を、ギュと握りしめた。
* * * * * *
その頃、エリオは走って王女の部屋に向かった。バンッと扉を開けると、ステラナはソファの脚を、拭き掃除しているところだった。
「またノックをしないで開けましたね? ルミがここにいたら、怒られてましたよ?」
ステラナは雑巾を絞りながら笑った。
「すまない。だけどそれどころじゃないんだ。今、その、驚くなよ? いや、驚くとは思うが、ちょっと心静かに聞いてて欲しいんだが……」
「珍しいですね。そんなに慌ててどうしたんですか?」
「殿下が戻ってきたんだ」
一瞬、時が止まったようにステラナは固まった。
「本当ですか?」
「ああ」
「えー、戻ってきてしまったんだ。ずっと戻らなければよかったのに」
ステラナは唇を尖らせた。
「私、殿下のこと嫌いなんですよね」
「待て! 今まさに殿下が扉を開けて、ここに入ってくるかもしれないんだぞ!」
ステラナは慌てて扉を見て身構えた。
「今、殿下はどこにいらっしゃるんですか?」
「眠たいとおっしゃって、客室で眠っている」
「おひとりで?」
「ああ。それがおかしなことに土産が一つもないんだ」
「リリー先輩とノア先輩は?」
「いない。なぜ一緒にいないのか聞いても、答えてくださらない」
「何かあったんでしょうか? ケンカしたとか?」
「もう一つ奇妙なことに、男装しているんだ」
「男装!? 殿下が!?」
「考えられないだろう? あんなに宝石やらレースやら。華やかなものが大好きな殿下が。地味な茶色いスーツを身に纏って、男の姿になるなど」
「絶対何かありましたね?」
ステラナはイキイキして、嬉しそうだ。
「ルミと殿下の対応はこれからどうします?」
「ルミは客室に連れて行こう。殿下はお一人では何もできないから、ステラナが侍女として付いてくれ」
「ええー! 殿下に付くの嫌なんですけど?」
「シッ! 聞かれたらどうする? 態度に出すなよ?」
エリオは人差し指を唇に当てた。
「これからステラナは王女に付き添って、探りを入れるんだ。旅行で何があったのか、聞き出してくれ。分かったな?」
ステラナはとても嫌そうに、その場にしゃがみ込んだ。
お読みいただきありがとうございます!
次回はステラナの話です。




