16話 悲しいフォークダンス
ウルフからのプロポーズに、ルミは呆然とした。
「ずっと前から、いつかジュエッタにこう言おうって思ってたんだ」
どうしよう、 こんな大事なプロポーズを、替え玉である自分が聞いてしまうなんて。
ルミは眉を下げ、ウルフから目を逸らした。すると、屋敷の中から、エリオとステラナがこちらを見ていることに気づいた。
「俺の気持ち、届いたか?」
ウルフが頬を染めて聞いた。
「あの、私は……」
ルミは俯いた。
「ジュリエッタ、返事はあとでいいよ」
ウルフはニコッと笑った。
「今日はとにかく気持ちを伝えたかっただけだから」
「そう……分かった。考えておく」
ルミはウルフの手を借り、ブランコから降りた。
二人が北庭を出ようとすると、陽気な音楽が聞こえてきた。盛り上がる人々の声も聞こえてくる。フォークダンスが始まったようだ。
「踊りに行こう」
ウルフがルミの腰に手を回し、庭へ急いだ。
丸い庭に、内側に男性、外側に女性の二列の輪ができていく。楽師たちの陽気な音楽に合わせ、男女が手と手を取り合い、踊りはじめた。紳士も貴婦人も、弾けるような笑顔だ。ルミはウルフに手を引かれ、その輪に入った。
さっきのプロポーズを本物のジュリエッタ殿下が聞いていたら、どんな反応を示したのだろう。
ルミは踊りながら思った。
頼まれたから、仕事だから、これまで替え玉をやっていたけど、替え玉は人を騙しているんだ。
ウルフ様にも、殿下にも申し訳ない。どうしたらいいの……。
ルミが一回転すると一小節が終わり、パートナーが変わった。次にルミの手を取ったのはエリオだった。
「そのジャケット、踊りにくくないか?」
エリオが耳元で囁いた。ルミはジャケットのことをすっかり忘れていた。
「そうだわ、返さないと」
「私が返しておく」
エリオはルミの肩からジャケットを取ると、自分の腕にかけた。
「人との距離には気をつけるように」
エリオは厳しい声を残して、次のパートナーの手を取った。
あの時、市場でエリオと出会っていなければ良かった。
ルミは思わず涙が溢れそうになった。
ルミが替え玉になることも、ウルフ様が間違えてプロポーズすることも、そしてルミがエリオへ、こんな分不相応な気持ちを持つこともなかった。
農民として暮らしていたら、もっと平和で幸せだったに違いない。
エリオの背中を見つめていたルミは、涙が零れ落ちないように、空を見上げた。
パーティーを終え、自室に戻ったルミは、しばらく放心状態でソファに座っていた。
「どうしたの? 途中からずっと元気がないわ」
ステラナの優しい声に、ルミはウルフからのプロポーズを話した。
「ルミに罪はないわ、大丈夫よ」
ステラナはルミの背中をさすった。
「殿下がお戻りになられたら、不在の間にあった出来事を伝えればいいのよ。大丈夫」
「でも、それではウルフ様が可哀想だわ。一世一代のプロポーズをしたのに、その相手が偽物だったなんて」
「……そうね 」
背中をさするステラナの手に、いつもの元気がない。
ウルフ様が殿下のことを慕っていただなんて、ステラナも思っていなかっただろう。そういえば、ステラナはウルフ様を慕っていたんだわ。
ルミは今更気づき、後悔した。今日だって、会えるのをとても楽しみに、衣装をあんなに真剣に選んでいたのに。言わなければ良かった。悲しいのは自分よりステラナの方だわ。
「ごめん、ステラナ。あなたはウルフ様が……」
「うんん、大丈夫。私の気持ちなんて、到底叶うはずのない、ただの憧れだから」
ステラナはニコッと笑った。ステラナの気持ちが痛いほど伝わってくる。
「辛いのね、恋って」
「そうね」
ステラナはルミの肩を抱き寄せた。
二人がしばらく黙って座っていると、ドアをノックする音が聞こえた。
「殿下、エリオです。失礼します」
ドアの向こうから声が聞こえ、エリオが部屋へ入ってきた。いつもの黒いスーツ姿。執事のエリオに戻っている。
「今日のパーティー、二人ともお疲れ様」
「……ええ」
「ありがとうございます」
「ルミ、北庭でウルフ様と何を話していた?」
「……」
「こんなことは言いたくないが、距離が近かったんじゃないか? あまり近づきすぎるのは良くない。ウルフ様はカンが鋭い方だと前にも言っただろう」
「……ええ」
「それで? 何を話をしていた?」
「……ごめんなさい。今、そのことについて話したくないの」
今、エリオの顔を見たくない。
「すまない、ステラナ。少し席を外してくれないか?」
エリオがステラナに声を掛けた。
ステラナは心配そうに、ルミの手をキュッと握ると、部屋を後にした。
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