10話 替え玉の休日
目を開けると、いつもの赤い天蓋が見えた。
カーテンから明るい日差しが漏れ、すっかり日が昇っていることがわかった。長い間寝ていたようだ。
そういえば、昨夜はどうやってベッドに入ったのだろう? 髪を乾かしてもらっているうちに眠ってしまったような。お姫様抱っこ。あれは夢じゃなかった? いや、そんなまさか。
コンコン。
誰かがドアをノックした。ステラナだろうか? でもステラナなら、起きた時にはいつも室内にいるのに。
「殿下、お目覚めになられましたか?」
エリオの声が聞こえ、ルミはガバッと体を起こした。
「お、お目覚めよ!」
気が動転して変な返事をしてしまった。ルミが慌てて髪を手櫛で整えていると、エリオがドアを開けた。
「あ、今起きたところだったか。すまない」
「うんん」
エリオとうまく目が合わせられない。夢のせいだろうか。
「今日はステラナに休暇をやったんだ。しばらく休みが取れて無かったし、昨日も夜遅くまで働いていたから」
「ああ、そうなの」
確かに。ステラナは毎日ずっと、ルミに付き添ってくれている。休暇か。エリオの心遣いが有り難い。心底ゆっくりしてほしい。
「そしてルミも。今日は丸1日お休みだ」
「え?」
驚いたせいで、目を合わせてしまった。
「殿下は体調が悪いから、今日は誰も部屋に入るな、と言ってある。ルミのやりたいように、一日過ごしてくれ」
「そう、それは有り難いわ……」
やりたいように、と言われても何をしようか。辺りを見回し、ルミは首を傾げた。
「でも、やりたいことは何もないかも」
ルミが愛想笑いしたからか、エリオは顎を触り、何やら考え始めた。
「そうか。それなら、行きたい場所はないか? 初日に着てきた服を着れば、誰も殿下が外出したとは思わないだろう」
「出ていいの?」
「ああ」
「じゃあ、家に帰ることもできる?」
「家?」
「ええ。お父さんとお母さんが元気にしてるか気になるの。二人は体が弱いから、様子を見に行きたいわ」
「そうだな、それなら私が連れて行こう。お休みをもらってくる」
エリオが出て行こうとしたので、ルミは慌てて引き止めた。
「待って! お休みをもらうなら、エリオの好きなタイミングで好きなことをした方が良いわ。里帰りくらい、私はひとりでできるから、大丈夫」
「いいんだ。私も特にやりたいことはない。それに、ルミの両親に渡したいものがあるんだ」
「え?」
ルミは門の前で、エリオを待った。久しぶりに自分の質素なワンピースに袖を通すと、夢から醒めたような気分になった。
エリオは真っ黒な馬を連れ、白いシャツとグレーのズボンというラフな姿で現れた。シャツ一枚からはエリオの立派な筋肉が窺い知れ、目のやり場に困った。
「私の馬だ。さあ、乗って」
ルミが馬を見上げると、馬は長いまつ毛の瞳でルミをじっと見つめた。
「よろしくね」
ルミは小さく告げると、恐る恐る馬に乗った。ルミが乗るのを見届けると、エリオはその後ろにヒラリと乗った。
「少し怖いと思ったけど、そんなことはないのね」
「ああ、気持ちが良いだろう」
門を見下ろせる目線になった。王都の街が、遠くまでよく見渡せる。清々しくて気持ちが良い。
「さあ行こう。道案内してくれ」
風が爽やかに通り過ぎる。街が面白いように流れていく。こんな景色もあるのだと、ルミの胸は踊った。
「ねえ、このコ、名前は何て言うの?」
「ユーリだ。可愛いだろう?」
「ええ、耳がピクピク動いてとっても可愛いわ」
時折、肩や腕がエリオと触れる。その度に、心がソワソワと落ち着かない。自分の鼓動がこんなに早く鳴っているのは、馬に乗っているせいだと、ルミは自分に言い聞かせた。
歩いたら二時間かかる道を、あっという間にユーリは駆け抜けた。
「ここよ」
ルミが言うと、エリオが合図し、ユーリは止まった。先にエリオが下り、手を差し出す。ルミがその手を掴むと、
「ルミ?」
父の声が畑から聞こえてきた。
「ああ、お父さん。良かった、元気そうで」
ルミは父に駆け寄った。父もルミの元へ駆け寄った。
「執事さん、どうも」
麦藁帽子を取り、父はエリオに挨拶した。「こんにちは」と、エリオも一礼した。
ルミは周りを見回した。広い畑には、人がいない。玄関から母が出てくる様子もない。
「お母さんは?」
ルミは不安げに父を見た。
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次回はルミの実家での出来事です。




