1話 プロローグ〜出会い
「今から、スレイダン王国第一王女、ジュリエッタ・ランベールの処刑を執り行う」
雪が降り始めた。
こんな寒い日にもかかわらず、広場には大勢の野次馬が詰めかけている。
その中央に建つ絞首台を、ルミはギロリと睨んだ。
なぜこんなことになったのだろう。でも、まだ大丈夫。まだ死なない。
死んでたまるか。
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「そなた、名前は?」
「え……、ルミ・クラメールですが?」
市場でジャガイモを売っていると、男性に声をかけられた。なぜ名前を聞くのだろうと思ったが答えた。男性が高級そうな黒いスリーピースのスーツを着ていたから。品のある声、放つオーラからして高貴な家柄に違いない。スタイルの良さと彫刻のような美しい顔立ちのせいか、周囲の買い物客の視線を集めている。でも人を寄せ付けないオーラがあるせいか、近づく者はいない。これは答えておいたほうが無難だろう。
「ここのジャガイモを全部買おう」
「え? 全部ですか? ありがとう……ございます」
「それを今から、とある場所まで運んでもらいたい。私についてきてくれないか?」
「はい……かしこまりました」
代金はその場所にあると言うが、本当だろうか。これがボロい身なりの人物だったら、ついて行かなかっただろう。でもチラリと見えた時計、ピカピカに磨き上げられた靴は、到底庶民が買えるものでは無い。
そう判断して、ルミは重いリヤカーを引き、男性の後ろを歩いた。
今までジャガイモが売り切れたことなんて一度もない。お父さんもお母さんも、きっと喜んでくれるだろう。早くその顔が見たい。
しばらくして、男性は止まった。
「この中だ。入ってくれ」
「でもここって……」
ルミは目の前にそびえ立つ、大きな門を見上げた。この辺りにあるということは知っていたが、こんなに近くまで来るのは初めてだ。
「王宮……ですよね?」
「ああ、私はここで執事をしている。名をエリオという」
「執事……?」
門兵が、エリオをひと目見て門を開けた。
「エリオ様、どうぞ」
「ありがとう。このジャガイモを食物庫まで運んでくれないか?」
「承知致しました」
「あの! リヤカーは返してください!」
ルミは慌てて門兵に声をかけた。
「ええ、分かりました」
「さあ、こちらへ」
促され、恐る恐る王宮の門をくぐった。エリオはルミが入ったことを確認すると、広い庭を颯爽と歩き始めた。速い。ルミは駆け足になった。
「あの、どこへ?」
「代金を渡す部屋だ。それと、ルミにお願いしたいことがある」
「お願い?」
お願いとは一体何だろう?
スノードロップが咲く庭を、花には目もくれず、エリオは歩いていく。息切れしてしまうくらいになった頃、赤いレンガ造りの城があらわれた。
躊躇うルミには気づかず、エリオは城へと入っていく。自分は何かとんでもない間違いを犯しているのではないか。エリオの背中を追いつつ、城へと足を踏み入れたルミは不安で胸が苦しくなった。
「あの、お願いって何ですか?」
前を行くエリオはルミの質問に振り向こうともしない。大理石の廊下はやたらと天井が高く、ルミの声が反響しているというのに。
廊下の壁には金の額縁に入った、精巧な肖像画がズラリと飾られ、ルミと目が合った。皆、優しい顔をしているが自分を監視しているようでルミの不安を余計に煽った。
「あの、やっぱり私は……」
「こちらの部屋だ、入って」
エリオが木製の扉を開け、ルミはおずおず中へ入った。赤いカーペット、大きな鏡のある部屋だ。奥にはドレッサーもある。どうやらメイクルームらしい。
「はじめまして、ステラナと申します」
若い女性の声が聞こえ、ルミは肩をビクッと跳ね上がらせた。声のする方を見ると、小柄で人形のように目が大きくて愛くるしい顔のメイドがポツンと立っていて、ルミに一礼した。彼女の長細いおさげ髪が鞭のように波打つ。
同じ歳くらいだろうか。ニッコリ笑った顔が人懐っこそうで、ルミは少しホッとした。
「はじめまして、ルミです」
理由はわからないが、ルミも頭を下げた。なぜ今、この場所でこのメイドと挨拶を交わしたのだろう?
ステラナはルミへの笑顔を保ったまま、そっとエリオに近づいた。
「ドンピシャな娘を見つけましたね、エリオ様」
「そうだろう?」
内緒話のように口元を隠した二人。ドンピシャな娘? どういう意味だろう?
「ルミ様、今からわたくしがあなたをお姫様に仕立てて差し上げますね!」
ステラナはニッコリ笑ってルミの手を取った。
「え?」
「ではステラナ、あとは任せる。私は代金を用意しているから、終わったら呼びに来るように」
「はい」
意気揚々とエリオは部屋を出て行った。
お姫様に仕立てるって言った? 王宮内で流行っていることなの? 代金を盾にやりたい放題じゃない? 身分を笠に着て卑劣だわ。これだから金持ちは嫌いなのよ。頭の中から次々とボヤキが湧いてくる。すると、頬が膨らんだ鏡の自分と目が合った。
「腕がなるなー」
ステラナが部屋の奥にある、小さい扉を開けた。隙間から色とりどりのドレスが、所狭しと掛けられているのが見えた。
「どんなドレスがいいですか?」
ステラナが振り返り、ルミにニッコリ微笑んだ。本当にお姫様に仕立てるつもりらしい。
それを遂行したら、家に帰れるのだろうか?
これも代金を貰うため、お父さんとお母さんを喜ばせるため。
ルミは自分に言い聞かせ、ひと息吐くと、ステラナの側へ駆け寄った。
新しいお話を始めました。全50話くらいの予定です。平日は更新するので、読んでもらえたら嬉しいです。




