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 次の日の朝、王城の一室に歩は団長と共に呼ばれていた。

 その部屋の扉が静かに開かれ、中から現れたのは、桃色の髪をポニーテールにした女性だった。大きな眼鏡をかけ、深緑のローブに身を包んだその女性は、知的な雰囲気を漂わせているが、どこかそそっかしそうな印象を与える。


「こちらが、ナオシャだ」


 団長が紹介すると、彼女は慌てた様子で歩に近づき、ぎこちなく頭を下げた。


「ど、どうも!ナオシャ、と、言いま、す!よ、よろしく……――あっ」


 その挨拶の途中で足を滑らせてバランスを崩し、床に手をついてしまう。歩は驚いて手を差し出した。


「大丈夫ですか?」

「え、ええ、大丈夫で、す。こ、これくらいは日常茶飯事ですから……!」


 ナオシャは笑顔で答えたが、頬を赤く染めている。

 団長は小さくため息をつきながら、「見た目はこうだが、彼女はこの国で最も優れた魔法使いの一人だ。討伐協会では『白銀杖』のクラスに属しており、国随一の実力を持つ」と説明した。


「そ、そんなに持ち上げないでください……団長」


 ナオシャは恥ずかしそうに手を振った。


「でも、まあ……少しは役に立てる、と思います……」


 歩はそのギャップに少し驚きながらも、彼女が自分を助けてくれることに期待を寄せた。 






―――――




 朝の冷たい空気が訓練場に満ちていた。王城の一角にあるその特別な空間は、魔法の訓練のために用意された場所だ。

 石畳の床は長年の使用によって擦り切れ、所々に焦げた跡が散らばっている。


「お、おはようございます……!」


 歩が訓練場に足を踏み入れると、既に到着していたナオシャが慌てたように頭を下げた。大きな眼鏡をかけた彼女の顔には緊張が浮かんでおり、手には分厚い魔導書がしっかりと握られている。


「おはようございます。さきほどぶりですね、ナオシャさん」


 歩は少し緊張した面持ちで挨拶を返す。


「そ、そうですね。あっ、き、今日はその……あの、まず基礎からやりましょうね!」


 ナオシャは慌ただしく魔導書を机に置き、バサバサとページをめくる。歩は彼女の動きに少し戸惑いつつも、団長の紹介ということもあって信頼していた。


「えっと、その……魔法には、三つの大きな系統があるんです」


 ナオシャは魔導書を指さしながら話し始めた。その声は最初こそおどおどしていたが、次第に自分の得意分野に入ったことで加速していく。


「まず≪自然≫系統です!火、水、風、土の四種類、いわゆる四元素ですね。これらは魔法使いが最もよく扱う基本的な力で、自然界に存在するエネルギーを操るものです!」


 ナオシャの声はどんどん早口になり、まるで彼女の中で詰まっていた言葉が一気に溢れ出すかのようだった。


「次に≪想思≫系統!これは闇と光、もしくは陰と陽とも呼ばれる二つの力です。この系統は心や精神の影響を強く受けるため、扱うのがとても難しいんです!」


歩はその説明に耳を傾けながら頷いた。「なるほど、でもそれなら僕の力もそのどちらかに入るんですか?」


ナオシャは一瞬言葉を詰まらせ、再び顔を上げた。「いいえ……アユムさんの力は≪事象≫系統に属するものです」


「≪事象≫?」歩は眉をひそめた。


「そ、そうです!≪事象≫系統は、神や精霊、天使、悪魔といった存在の力を借りるもの。失われた力とされていて、現在ではほとんど存在しない系統なんです……!例えば、火や水、風などの基本属性に分類されるエネルギーは、古代から神話と密接な関係があって――」


 彼女の声は早口で、一息で説明が続く。


「古代神話の中では『アルフェナの焔』とか『セリュウスの息吹』って言われるエネルギーが記録されていて、それが現代魔法の基礎となっているんです!すごく興味深いですよね!?」


 歩は一瞬圧倒されながらも、彼女の熱意に引き込まれるように頷いた。


「え、ええと、そうですね……」


 ナオシャは我に返ったように顔を赤らめ、「ご、ごめんなさい、つい話しすぎちゃいました……!」と慌てて口を抑えた。


「いえ、すごくわかりやすかったです。魔法ってそんなに深いんですね」


 歩はその説明に感心しつつ、ナオシャがただの実力者ではなく、深い知識を持つ人物だと改めて感じた。

 ナオシャの目が興奮に輝いている。


「でも、あなたはその力を持っています。それも、非常に強力な形で!」


 ナオシャは歩に木剣を手渡し、少し距離を取って指示を出した。


「さ、早速訓練を始めましょう!」とナオシャが言い、魔導書を閉じる。


「まずは、自分の中にあるエネルギーを感じて、それを剣に流し込んでみてください。ゆ、ゆっくりで大丈夫ですから……」


 歩は深呼吸をして目を閉じ、剣を両手で握った。

 自分の内側に集中すると、すぐに胸の奥からざわめきが広がるような感覚が湧き上がってきた。それは静かでありながら、底知れない力強さを秘めていた。


「感じます……何かが動いている」


 歩は静かに言った。


「そ、その通りです!それを剣に伝えてみてください!」


 ナオシャの声には期待と緊張が入り混じっていた。

 歩はその指示に従い、剣に意識を集中させる。すると、剣が青白い光を放ち始めた。その光は眩いばかりで、周囲の空気が震えるほどの圧力を生んでいた。


「うわっ……す、すごい……」


 ナオシャは思わず後ずさりした。


「や、やっぱり……アユムさんの力は規格外です……!」


 しかし、その力はすぐに暴走の兆候を見せ始めた。剣の光が一気に増幅し、訓練場全体が揺れるほどの衝撃が走る。


「止められない……!」


 歩は歯を食いしばりながら必死に剣を握り続けた。


「わ、私も手伝います!」


 ナオシャは慌てて歩に駆け寄り、その剣に手を重ねた。

 彼女は自分の魔力を総動員して歩のエネルギーを抑え込もうとする。しかし、それでも完全に制御するのは難しく、額には汗が滲んでいた。


「アユムさん……あなたの力、つ、強すぎますね……で、でも、諦めないで……!」


 ナオシャは声を震わせながらも必死に力を込め続けた。

 二人の力がようやく同調し始めた時、剣の光が徐々に収まり始めた。そしてついに、剣から放たれていた光が完全に消え、訓練場には静寂が戻った。


「ふぅ……ありがとうございます……ナオシャさんがいなかったら、僕はきっとこの力を暴走させていました」


 歩は息を切らしながら剣を下ろし、ナオシャに向かって頭を下げた。


「い、いえ、私もまだまだです。でも、これからも一緒に頑張りましょう……!」


 ナオシャは息を整えながらも、安心したように微笑んだ。


「はい!」


 歩は力強く頷いた。

 しかし、その時ナオシャの表情が再び真剣なものに変わった。


「でも、アユムさん……この力は本当に危険です。私一人では完全に抑えきれないこともあるかもしれません。それほど≪事象≫系統の力は強大で、そして扱いが難しいものなんです」


「それでも……僕はこの力を制御したい。この力が何のためにあるのかを知りたいんです」


 歩は真剣な目で答えた。

 ナオシャは少しの間黙っていたが、やがて小さく頷いた。


「わかりました……でも、これからの訓練はさらに厳しくなるかもしれません。それでも、諦めないでくださいね」

「もちろんです」


 歩は強い意志を込めて返事をした。







――――





 訓練が終わり、自室に戻った歩は静かにベッドに腰を下ろした。

 剣は部屋の隅に立てかけてあり、青白い光を放っていた先ほどの出来事がまるで夢だったかのように、ただ無機質にそこに佇んでいる。

 エメラルドが部屋の隅から歩に近づき、その足元で座り込んだ。


「今日も大変だったみたいだな」

「うん……ナオシャさんがいなかったら、どうなっていたかわからない」


 歩は疲れた表情で答えた。


「僕の力は、自分でもまだ怖いんだ」


 エメラルドはしばらく沈黙してから口を開いた。


「だが、その力をどう使うかはお前次第だ。怖がっているだけじゃ何も変わらない」


 歩はエメラルドの言葉に頷きながらも、目の前に広がる未知の道に不安を隠せないでいた。

―――その時、扉が静かにノックされた。


「アマカワ様、王からお呼びがかかっています」


 外からの声に歩は一瞬驚いたが、すぐに立ち上がった。


「わかりました、すぐに行きます」



 歩が謁見の間に到着すると、既に団長とナオシャが待っていた。彼らの前に座するのは、この国の王、レオン・ウィクニス・ロルハイハニア。その姿は威厳に満ち、静かな眼差しが歩を見据えていた。


「―――来たか、アマカワよ」


 王の深い声が広間に響く。


「訓練の成果を聞かせてもらおう」


 歩は緊張しながらも一礼し、ナオシャとの訓練で学んだこと、そして自分の力の危険性について正直に話した。


「そうか……」


 王は目を閉じ、しばらく思案するように沈黙した。


「ナオシャよ、その力についての評価はどうか?」


 ナオシャは少しおどおどしながらも前に出て、一礼した。


「お、王様……アユムさんの力は、非常に強大です。私がこれまで見たどの魔法使いとも違います……ですが、制御が非常に難しく、私一人では完全に抑えるのは……その……」

「言いたいことはわかった」


 王はナオシャの言葉を遮ることなく受け止め、再び歩に視線を向けた。


「そなたの力は、≪事象≫に属するものだという。これはこの国、いや、この世界においても特別な存在だ」


 王の言葉に、歩の胸が高鳴ると同時に、その責任の重さがのしかかった。


「アマカワよ」


 王は椅子から立ち上がり、一歩歩み寄った。


「そなたの力を完全に制御するためには、さらなる試練が必要だ。この国の未来にとっても、そなたがその力を正しく使えるようになることが重要だと考えている」

「試練……?」


 歩は王の言葉に疑問を抱いた。


「そうだ。そなたには、国に伝わる古の試練の地『蒼魔の迷宮』へ向かってもらう。そこには魔法の力を試し、鍛えるための環境が整っている。その中で、自分の力をさらに深く知り、制御する術を学ぶのだ」


 王の提案に、歩は緊張を隠せなかったが、それが自分の力を受け入れるための一歩であることを理解していた。


「わかりました……僕、行きます」

「ふむ。ではナオシャよ、そなたも同行し、アマカワの力を見極め導くのだ」


 王は静かに頷き、再び玉座に腰を下ろした。


「は、はい!」


 ナオシャは緊張した声で答えたが、その中には確かな決意が込められていた。


「そして、団長よ。一人見繕い、アマカワの護衛とせよ」

「御意」


 団長は深々と一礼し、鋭い眼差しを歩に向けた。


「アマカワ、お前の成長を期待している。迷宮での試練、必ず乗り越えてこい」


 歩はその言葉に頷く。


「はい。必ず成し遂げてみせます」







―――――――





 謁見の場を後にした歩たちを、団長は静かに案内しながら口を開いた。


「護衛は一名としたが、迷宮の中では彼女の力が必要になるだろう」


 訓練場の一角に着くと、そこには赤髪の女性がが待っていた短めの赤髪に鋭い目つきを持ち、しなやかな体躯からは高い戦闘能力が伺える。さらに、その鋭い目つきが、ただ者ではない雰囲気を醸し出していた。


「アマカワ、こちらがスピナだ。王属デルフィン騎士団に所属しており、護衛任務に長けている。彼女が試練の道中、お前を守る役目を担うことになる」


 スピナは軽く頭を下げた。


「スピナです。あんたがアマカワね?噂は聞いてるわ。異世界から来たっていう少年で、強力な力を持っているんだって?」


 歩は少し戸惑いながらも挨拶を返した。


「はい、天川歩です。よろしくお願いします」


 スピナは歩をじっと見つめ、眉をひそめた。


「ふーん、見た目は普通の少年って感じだけど……まあ、そういうのが案外強かったりするのよね」

「そうなんでしょうか……」


 歩は苦笑いしつつも、彼女の冷静な態度に安心感を覚えた。

 スピナは肩をすくめ、軽く笑った。


「護衛の役目なんて簡単よ。あんたが死なないように守るだけだから、あんたは自分の力に集中しなさい」


 その言葉には自信と実力に裏打ちされた頼もしさがあった。


「よ、よろしくお願いします……」


 歩は少し圧倒されながらも頭を下げた。


「――そうだ、アマカワ」


 団長が口を挟んだ。


「お互いの力を少しでも知るために、軽く手合わせしてみろ」

「え?」


 歩は驚いた表情を浮かべたが、スピナはすでに剣を抜いていた。


「大丈夫、手加減するから」


 スピナは挑発するような笑みを浮かべた。


「あんたも本気で来なさい。どれだけやれるか、見せてもらうわ」


 歩は一瞬躊躇したが、剣を握りしめて構えた。スピナが一歩前に踏み出すと同時に、彼女の剣が素早く振られる。歩は反射的にその攻撃を受け流そうとしたが、彼女の動きは予想以上に速く、簡単にバランスを崩された。


「――甘い!」


 スピナがすかさずもう一撃を放とうとするが、その瞬間、歩の剣が青白い光を放ち始めた。


「おっと、そこまでだ!」


 団長が声を上げ、二人の間に入った。

 歩は息を整えながら剣を下ろした。


「すみません、つい力が……」


 スピナは驚きながらも興奮したように笑った。


「なるほど、これが噂の力か。いいじゃない。あんた、思ったより楽しませてくれそうね」


 歩は少し照れくさそうに頭をかいた。


「ありがとうございます。でも、僕はまだこの力を完全に制御できていません」


 スピナは剣を鞘に収め、満足そうに頷いた。


「それならなおさら護衛が必要ね。迷宮では一緒に頑張りましょう」




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