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日常と異変

 蝉の鳴き声が透き通る青空に反響していた。


 天川歩は窓辺に腰掛け、古びた文庫本のページをそっと捲ると静かに息を吐いた。

 読書は彼の日常の一部であり、小説の世界に没頭する時間は現実の薄暗さを忘れるための大切な逃避場所だった。彼の部屋の隅には積み上げられた本の山があるが、それでも新しい物語を求めて図書館へ足を運ぶ習慣は変わらない。夏休みに入ったばかりのこの日も、彼は午前中を読書に費やし、午後はいつものように図書館へ行くつもりだった。


「読書、手話の練習、お手玉……僕の十八番だね」


 歩は軽く自嘲気味に呟きながら、机の上の手帳を開き、細かい文字で小説の感想を書き加える。これまでに読んだ本の一節や心に響いた言葉を抜き書きし、自分なりの解釈を記していくのが彼の習慣だった。手帳のページが埋まるたび、どこか満たされたような気持ちになる。


 リビングから母親の声が響く。


「歩、お昼までには帰ってきなさいよ。今日は夏祭りがあるんだから」

「わかったよ。でもその前に図書館寄るから」


 軽く返事をして、歩はバッグに文庫本を一冊入れた。いつも通りの日常、だが彼はこの後、自分の運命が大きく変わるとは思いもしなかった。


 図書館へ向かう道すがら、歩は学校生活を思い返していた。中学三年生の彼は目立たない生徒で、クラス内でも特に友人が多いわけではなかった。昼休みはいつも一人で本を読み、静かな場所を好む彼は、周囲からは「大人しいやつ」と見られていた。時折、クラスメイトが声をかけてくるが、深く付き合うことはなかった。


「天川、また本読んでるの?」


 先日も、運動部の田中が休み時間に声をかけてきた。


「うん、面白いんだこれ」


 歩は読んでいた小説を見せたが、田中は興味なさそうに笑うだけだった。


「俺には無理だな、字ばっかだと頭痛くなる」


 その一言に歩は笑って返したが、自分の趣味が理解されないことに少し寂しさも感じていた。

 図書館に着くと、冷房の効いた静かな空間が彼を迎えた。歩は迷わず本棚を巡り、背表紙を一つ一つ丁寧に眺めていく。いつもなら馴染みのある作家の新作を探すところだが、この日は何か違うものに心を惹かれた。その時、彼の目に一冊の本が留まった


 それは『無題』とだけ記された、古びた革の表紙を持つ本だった。奇妙な模様が表紙に刻まれ、背表紙は擦り切れていて、長い間誰の手にも取られていなかったことが伺えた


「なんだこれ……」


 歩はその本を手に取り、少しだけ迷った後、貸出カウンターへ向かった


 家に帰ると、歩は早速その本を開いた。最初の数ページには異世界の風景が詳細に描かれており、神々や魔物たちが登場する壮大な冒険譚が展開されていた。文字は古風な書体で、物語はまるで手書きのようだった。彼はすぐにその世界に引き込まれた


「すごいな……こんな本、今まで見たことない」


 歩は呟き、さらにページを捲った。

 ページを捲るたびに物語は進んでいき、彼の心はその世界の出来事に釘付けとなった。しかし、あるページを開いた瞬間、物語は唐突に途切れた。以降のページは全て白紙であり、最後のページには奇妙な模様が描かれた魔法陣が浮かび上がっていた


「どういうこと……?」


 困惑した歩は最後のページを確認する。そこには魔法陣のような図形が描かれていた。中央には円、そこから放射状に広がる無数の線と文字。見つめていると、微かに脈打つような光が現れたような気がした。


歩は恐る恐るそのページに手を伸ばす。指先が触れた瞬間、部屋の空気が一変した。


――音が消えた。


 さっきまで遠くで聞こえていた蝉の声や家の外からの車の音さえも、今は何も聞こえない。まるで世界全体が静寂に飲み込まれたようだ。歩は不安に駆られながらも、指を魔法陣から離そうとした。しかし、その時。


「歩、すぐに手を離せ!」


 低く冷静な声が突然響いた。驚いて声の方を向くと、そこには飼い猫のエメラルドが座っていた。


「エメラルド……君が喋ったのか?」

「冗談を言う余裕があるのか?状況を見ろ!」


 エメラルドの声には焦りが滲んでいる。しかしその言葉を理解する間もなく、魔法陣が突然強烈な光を放った。


「歩――」


 エメラルドの言葉が途切れた瞬間、眩い光が爆発的に広がり、二人の意識はそのまま闇に沈んだ。



N番煎じ

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